はじめに|徒手療法でよくある思い込み
徒手療法の臨床では、長年受け継がれてきた説明や理論が多く存在します。
しかし近年の研究では、それらの説明が必ずしも科学的根拠と一致しない可能性が指摘されています。
痛みや身体機能は、単純な構造変化だけで説明できる現象ではありません。
神経科学やペインサイエンスの研究では、痛みが
- 末梢入力
- 中枢神経処理
- 注意
- 情動
- 文脈
など多くの要因によって形成されることが示されています。
このような背景を踏まえると、徒手療法で用いられてきた説明をそのまま受け入れるのではなく、研究や臨床の視点から整理して考えることが重要になります。
なぜ徒手療法では思い込みが広まりやすいのか
徒手療法の世界では、特定の理論や説明が長く受け継がれることがあります。
しかしそれらの説明が、必ずしも科学的検証と一致しているとは限りません。
この背景には、人間の認知特性が関係している可能性があります。
例えば
- 確証バイアス
- 権威バイアス
- 相関と因果の混同
などです。
施術後に症状が改善すると、その変化が施術によるものだと解釈されやすくなります。
しかし実際には
- 自然回復
- DNIC(広汎性侵害抑制調節)
- プラセボ効果
など複数の要因が関与している可能性があります。
このような心理的要因を理解することは、臨床判断をより慎重に行うためにも重要です。
骨盤の歪みが痛みの原因である
徒手療法では、骨盤の歪みが痛みや身体不調の原因として説明されることがあります。
例えば
- 骨盤が傾いている
- 骨盤が開いている
- 骨盤がズレている
といった説明です。
また施術では
- 骨盤矯正
- 骨格矯正
などによって身体の状態を整えると説明されることがあります。
しかし骨盤形態には個体差や左右差が存在することが知られています。
画像研究では、骨格の非対称性は健康な人にも広く見られることが報告されています。
また骨盤の位置は姿勢や動作によって常に変化しています。
そのため単一の「正しい骨盤位置」が存在するという前提には議論があります。
背骨がズレている
徒手療法では、背骨のズレが痛みの原因として説明されることがあります。
例えば
- 椎骨がズレている
- 関節の位置が正常ではない
といった説明です。
しかし脊椎は椎間板や靭帯、筋肉によって安定化されており、日常生活の動作で椎骨が大きくズレることは生体力学的に起こりにくいと考えられています。
また関節位置の触診には再現性の問題が指摘されています。
さらに画像研究では、脊椎の構造変化が存在しても症状がないケースが多く報告されています。
骨が鳴ると位置が戻る
徒手療法では、関節が「ポキッ」と鳴ることで骨の位置が元に戻ったと説明されることがあります。
しかし関節音は、関節内圧の変化によって生じる キャビテーション と呼ばれる現象で説明されることが多くあります。
関節内のガスが気泡として発生することで音が生じると考えられています。
そのため関節音は必ずしも骨の位置が戻ったことを意味するわけではありません。
また関節音が生じなくても関節可動域や症状の変化が起こることもあります。
姿勢が悪いと痛みが出る
姿勢は多くの治療で重要視されています。
しかし研究では、姿勢と痛みの関係は必ずしも一貫した結果が得られているわけではありません。
多くの人はさまざまな姿勢で生活していますが、すべての姿勢異常が症状につながるわけではありません。
身体は多様な姿勢に適応する能力を持っており、単一の理想姿勢だけが健康というわけではない可能性があります。
筋膜が癒着している
筋膜の癒着が痛みや可動域制限の原因であるという説明もよく見られます。
しかし皮膚上からの徒手刺激で深部筋膜の構造を直接変化させることは、生体力学的に難しいと考えられています。
また筋膜癒着を触診で正確に評価できるかについても議論があります。
筋膜の研究は現在も進んでいますが、臨床で用いられる説明と研究結果の間には差がある場合があります。
トリガーポイントが痛みの原因である
トリガーポイントは、筋肉内の痛みの原因として広く説明されています。
しかし触診診断の再現性には問題が指摘されています。
またその生理学的メカニズムについても、完全には解明されていません。
トリガーポイントという概念は臨床で広く用いられていますが、その解釈には慎重な検討が必要とされています。
可動域制限が痛みの原因である
徒手療法では、関節可動域の制限が痛みの原因として説明されることがあります。
しかし可動域と痛みの関係は必ずしも単純ではありません。
可動域が制限されていても症状がないケースや、可動域が正常でも痛みが存在するケースがあります。
可動域の変化は、神経系の調整や感覚の変化によっても起こる可能性があります。
筋肉が硬いから痛みが出る
臨床では、筋肉の硬さやコリが痛みの原因として説明されることがあります。
しかし筋硬度と痛みの関係は必ずしも一致するとは限りません。
筋肉が硬くても痛みがない場合や、筋肉が柔らかくても痛みがある場合があります。
そのため筋肉の状態だけで症状を説明することには限界があります。
強い刺激ほど効果が高い
強い刺激は「効いた感じ」がするため、効果が高いと感じられることがあります。
しかしこの現象は DNIC(広汎性侵害抑制調節) による一時的鎮痛で説明される可能性があります。
強い侵害刺激は短期的に痛みを抑制することがありますが、長期的な改善とは一致しない場合があります。
即効性や時短の治療ほど優れている
徒手療法では
- 一回で変わる
- 短時間で改善する
- 即効性がある
といった表現が用いられることがあります。
しかし短時間で起こる症状の変化には
- 強い刺激によるDNIC
- 説明や期待によるプラセボ効果
などが関与する可能性があります。
結論
徒手療法で広く信じられている説明の中には、科学的根拠が十分でないものも存在します。
重要なのは
- 治療の説明
- 実際の生理学的メカニズム
が必ずしも一致するとは限らないという点です。
臨床では
- 研究
- 批判的思考
- 神経科学的理解
を踏まえて身体を理解することが重要になります。
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