関節マニュピレーションでは仙腸関節は動かない。
仙腸関節に対して関節運動アプローチをおこなう徒手療法があります。
実際には側臥位などで仙腸関節に手を軽く触れるだけで痛みが無くなるというものです。
結論から言いますと、これはあり得ません。
しかし効果はあると言われています。
なぜでしょうか?
実は仙腸関節への関節運動アプローチは、「皮神経アプローチ」なのです。
まずはMRIと痛みについて見ていきましょう。
◆MRIと痛みは因果関係が無い
MRIで写る椎間板ヘルニアや狭窄症と痛みとの関連性はほぼないというのが、今のペインサイエンスの答えです。
「MRIスキャンから得られた印象は、腰部狭窄が痛みの原因であるかどうかを決定するものではない。」
「症状の重症度及びイメージングに狭窄の程度との間に明確な関係は存在しません。外科手術の結果は、画像化尺度の結果とは明らかに関連していない。電気診断検査は、脊柱管狭窄の臨床的症候群を診断するのに有用であるが、MRIは、臨床的脊柱管狭窄を有する人を、腰痛を有するか、全く症状のない人と区別しない。」
Spinal stenosis, back pain, or no symptoms at all? A masked study comparing radiologic and electrodiagnostic diagnoses to the clinical impression.
Haig AJ, et al. Arch Phys Med Rehabil. 2006.
「無症状の被験者67人にMRI撮影。60歳未満の患者のうち、20%に髄核ヘルニア があり、1人に脊髄狭窄があった。60歳以上のグループでは、被験者の36%が髄核ヘルニアを有し、21%は脊髄狭窄を有していた。つまり約57%で異常があった。
20歳から39歳の被験者の35%、60歳から80歳の被験者のうちの1名を除いて、少なくとも1つの腰椎レベルで椎間板の変性または椎間板の膨隆があった。」
Abnormal magnetic-resonance scans of the lumbar spine in asymptomatic subjects. A prospective investigation.
Boden SD, et al. J Bone Joint Surg Am. 1990.
「無症状の被験者98名にMRI。被験者の52%が少なくともレベル1で膨隆、27%が突出を有し、1%が脱出を有していた。 38%は1つ以上の椎間板の異常を有していた。膨隆の罹患率は、年齢とともに増加したが、突出の罹患率は増加しなかった。最も一般的な非椎間板の異常は、被験者の19%に見られるシュモール結節であった。線維輪欠損は14%であった。椎間関節症が8%であった。」
「結論:…腰痛のある人の膨隆または突起のMRIによる発見はしばしば偶然である。」
Magnetic resonance imaging of the lumbar spine in people without back pain.
Jensen MC, et al. N Engl J Med. 1994.
これらのことから、MRI画像所見で分かる構造の変性と痛みとの関連性は無いということが分かります。
そして、仙腸関節がどのくらい動くのか?そして仙腸関節テストは実際どうなのか?という研究があります。
◆仙腸関節は1mm程しか動かない
仙腸関節はほぼ動かないし、仙腸関節テストの信頼性も薄いというのが、サイエンスの答えです。
「…仙腸関節の移動度を測定するための三次元立体写真法。男性15名および女性9名の被験者24名の骨内マーカーで行った。
回転と平行移動の平均値は低く、男性では1.8度/0.7mm、女性では1.9度/0.9mmであった。性別または年齢に関して統計学的有意差は示されなかった。」
The mobility of the sacroiliac joint in healthy subjects. Kissling RO, et al. Bull Hosp Jt Dis. 1996.
「仙腸関節障害を有する25人の患者(21人の女性および4人の男性)を、生理的ポジションならびに極端な生理的ポジションでのレントゲン立体写真測定法で研究した。
回転は小さく、平均2.5度(0.8度〜3.9度)であった。平行移動は平均0.7mm(0.1-1.6mm)であった。
症状のある関節と症状の無い関節の間に差はなかった。」
Movements of the sacroiliac joints. A roentgen stereophotogrammetric analysis. Sturesson B, et al. Spine (Phila Pa 1976). 1989.
「仙腸関節領域の機能不全の人々を特定するための文献で提唱されている、骨盤の対称性または仙腸関節の動きによる4つのテストに基づいて行われた評価の被験者間の信頼性を検討した。
対象: 腰痛および片側の臀部痛を訴えた65人の患者 4つのテストで得られた測定値の信頼性は臨床的には低すぎると思われる。
このテストで測定誤差が認められたため、著者らは、試験結果に基づいて適切な治療法を選択しないか、または介入を間違った側に適用する可能性が高いと考えている。」
Evaluation of the presence of sacroiliac joint region dysfunction using a combination of tests: a multicenter intertester reliability study. Riddle DL, et al. Phys Ther. 2002.
「…これらのテストの信頼性を調査した11の研究をレビューした。 仙腸関節モビリティテストを受け入れて、日々の臨床診療に組み込むための根拠となるエビデンスはない。
この方法論的レビューの結論は、臨床現場での仙腸関節の可動性および疼痛誘発テストを支持するエビデンスはない。」
Clinical tests of the sacroiliac joint. van der Wurff P, et al. Man Ther. 2000.
「仙腸関節病理を診断するために触診を利用する現在の臨床方法は、信頼性が低く、文献において無効であることが判明しており、臨床的有用性に限界がある可能性がある。」
Three-Dimensional Movements of the Sacroiliac Joint: A Systematic Review of the Literature and Assessment of Clinical Utility Adam Goode, Eric J Hegedus, Philip Sizer, Jr, Jean-Michel Brismee, Alison Linberg, and Chad E Cook
そして、仙腸関節は徒手で影響を与えられないという研究もあります。
◆仙腸関節は徒手では動かない
仙腸関節マニュピレーションを行なっても、実際には仙腸関節は動いていないというのが、サイエンスの答えです。
「マニュピレーションが腸骨と仙骨の間の位置に影響を与えることができるかどうか、そして仙腸関節の位置検査が有効かどうかを調査する。」
背景データの要約:
仙腸関節の機能不全は論争の的となっている。さまざまな仙腸関節テストの妥当性は不明である。長年の伝統的な治療法は、仙腸関節の機能不全を治療することです。多くの手動療法士は、彼らの優れた臨床結果は亜脱臼の減少の結果であると主張している。方法:
片側仙腸関節機能不全を示す症状と仙腸関節テストの結果10人の患者を募集した。12の仙腸関節検査を選択した。これらの試験の大部分の結果は、マニュピレーション前に陽性でありそしてマニュピレーション後に正規化されることが要求された。治療の前後に、患者を立位にしてレントゲン立体写真測量分析を行った。結果:
レントゲン立体写真測量分析によって定義される、10人の患者のいずれにおいても、マニピュレーションは腸骨に対する仙骨の位置を変更しなかった。位置検査の結果は、操作前の陽性から正常な後へと変化した。結論:
仙腸関節の操作は異なるタイプの臨床試験結果を正常化したが、レントゲン立体写真分析によると仙腸関節の位置の変化を伴わなかった。したがって、位置テストの結果は無効だった。しかしながら、現在の結果は、仙腸関節の操作によって達成される可能性のある有益な臨床効果を否定も証明もしていない。想定されるプラスの効果は亜脱臼の減少の結果ではないので、マニュピレーションの効果のさらなる研究は軟部組織の反応に焦点を合わせるべき。
Manipulation does not alter the position of the sacroiliac joint. A roentgen stereophotogrammetric analysis.
Tullberg T1, Blomberg S, Branth B, Johnsson R.
◆仙腸関節の痛みの原因
これらの研究から以下のことが分かります。
・仙腸関節は1mm程しか動かない
・仙腸関節障害テストの信頼性が低い
・徒手で仙腸関節を動かせない
・痛みの原因がMRIでは写らない
・でも関節運動アプローチで効果を感じる人もいる
なぜでしょうか?
じつは仙腸関節障害の多くは「皮神経が原因」と言われています。
◆中殿皮神経と仙腸関節障害
中殿皮神経とは、S1〜S3由来の脊髄神経後枝の皮神経です。
臀部の仙腸関節付近から外側に向けて表層を伸びています。
そして、長後仙腸靭帯下を通過するところで絞扼され、腰痛と脚の痛みや痺れなどの症状が起こります。
その症状は、仙腸関節障害と呼ばれるものととても似ています。
中殿皮神経絞扼は、腰椎屈曲や長時間の座位、歩行によって悪化します。
「中殿皮神経の絞扼は、おそらく腰痛および/または脚の症状の不十分な診断の原因である。脊椎外科医はこの臨床的存在を認識し、不必要な脊椎手術や仙腸関節固定術を避けるべきだ。」
「主にS1とS2の側枝による中殿皮神経障害が、腓腹部に至る大腿後面の下肢症状の原因になり得るという説明になる証拠がある。」
「中殿皮神経絞扼による疼痛は、仙腸関節痛として治療することができる。」
「仙腸関節痛は依然として物議をかもしている議題であるが、それは腰痛の15%〜30%を引き起こすと考えられ、しばしば下肢症状に対する臀部と関連している。」
「仙腸関節の痛みを一貫して特定できる病歴または身体診察所見はない。」
「パトリックテストやゲンスレンテストなどの身体検査は予測値が弱い。」
「放射線画像は診断にほとんど寄与しない。」※X線、CT、MRIなど。
「これらの結果は、仙腸関節の痛みが長後仙腸靭帯に起因する可能性があることを示唆している。」
「大規模な疫学的研究は、腰痛患者の20〜37%が神経因性疼痛の構成要素を患っていることを示している。」
Entrapment of middle cluneal nerves as an unknown cause of low back pain.
Yoichi Aota
◆考察
これらのことから、仙腸関節障害と言われるものの多くは中殿皮神経の絞扼によるものと考えられます。
仙腸関節はほぼ動かず、徒手でも影響を与えられずに、テストの結果も信頼性が低いという結果です。
ちなみに2mm以上動くようだと本当の仙腸関節障害だと上記論文では言われています。
さらにMRIでは皮神経が分からず、原因不明な非特異性腰痛のくくりにされてしまいます。
さらに仙腸関節の上には硬い靭帯が沢山あります。
(腸腰靭帯、前仙腸靭帯、後仙腸靭帯、仙結節靭帯、仙棘靭帯)
関節運動アプローチのように触れるだけでは、仙腸関節に影響を与えることは不可能です。
軽く触れても影響があらわれるのは、皮神経へのアプローチだからです。
それは組織や構造を変えているのではなく、中殿皮神経への影響で、皮神経内の血流が変化することで、侵害受容が減っているのです。
サイエンスから考えると、全てのアプローチが神経系から説明できます。
「DNMは説明モデル」と呼ばれる理由が分かります。