はじめに:姿勢は本当に痛みの原因なのか
多くの徒手療法や運動療法では、
- 姿勢の歪み(猫背など)
- 骨盤前傾や骨盤の傾き
- 筋肉のアンバランス(マッスルインバランス)
などが痛みの原因として説明されることがあります。
しかし近年の研究では、姿勢や骨格アライメントと痛みの関連は必ずしも明確ではないことが報告されています。
実際に多くの研究では、
- 痛みのある人とない人で
- 姿勢に明確な差が見られない
という結果が示されています。
本稿では、姿勢と痛みの関係について、研究論文をもとに整理します。
姿勢は本当に再現できるのか|立位姿勢と腰椎前弯の研究
研究①|立位姿勢は再現性が低く腰椎前弯と腰痛に差はない
「再現性のない直立姿勢は、放射線測定の誤った解釈、誤った診断、そしておそらく不必要な治療につながる可能性がある。
全ての無症状被験者の53%が、仙骨の方向において20%を越える変動を示し、被験者の31%が30%を越える変動を明らかにした。
立位は非常に固有性があり、再現性が低いと結論付けることができる。
行われた立位相の数は、再現性にポジティブな影響を示さなかった。
したがって、立位の変動性は予測可能ではなくランダムである。
腰痛患者の腰椎前弯は無症候性の被験者と有意差はなかった。
したがって、立位での被験者/患者に1つの「正常な前弯」または「正常な仙骨の向き」を期待するのは不合理である。腰痛患者と運動選手は無症状の運動選手とは異なる行動を示さなかった。」
How do we stand? Variations during repeated standing phases of
asymptomatic subjects and low back pain patients.
Hendrik Schmidt, Maxim Bashkuev, Jeronimo Weerts, Friedmar Graichen, Joern Altenscheidt, Christoph Maier,
この研究では、立位姿勢が同一人物でも大きく変動することが示されています。
仙骨の向きや腰椎前弯は測定ごとに変化し、姿勢の再現性は高くありませんでした。
さらに腰痛の有無による明確な差も確認されませんでした。
立位姿勢を単一の基準として評価する方法には限界がある可能性が示唆されています。
猫背や肩の姿勢は肩の痛みの原因なのか|肩インピンジメント研究
研究②|猫背や頭部前方姿勢と肩インピンジメントの関連は確認されなかった
「2005年、ある研究で、肩のインピンジメントの問題と関連しているかどうかを調べるために、肩の前方突出姿勢と頭部前方突出姿勢の両方が調べられた。
研究者らは、痛みのある人とない人で、頭部と肩の位置に差がないことを見出した。
そして姿勢または筋肉の不均衡(マッスルインバランス)が痛みの原因である、もしくは肩のインピンジメントに関連すると支持するエビデンスを見つけられなかった。」
Subacromial impingement syndrome: The role of posture and muscle imbalance.
Lewis, JS, Green, A, and Wright, C.
この研究では、肩の痛みのある人とない人の間で頭部前方姿勢や肩の前方突出姿勢に差は確認されませんでした。
臨床でよく説明される猫背姿勢と肩インピンジメントの直接的な関連は支持されませんでした。
肩の痛みには姿勢以外にも、運動負荷や組織ストレス、神経系の要因など複数の要素が関与している可能性があります。
研究③|肩のオーバーユース損傷と肩甲骨姿勢に有意差はなかった
「1995年の同様の研究では、姿勢が肩のオーバーユースによる損傷に関係しているかどうかが調べられたが、やはり研究者らは健康なグループと損傷をしたグループとの間に有意差は見つけられなかった。
肩甲骨の外転、回旋、胸椎中央部の湾曲を調べても、2つのグループの間に有意差は見られなかった。
研究者らは、肩の負傷に対する姿勢の影響は決定的ではないと結論付けた。」
Posture in patients with shoulder overuse injuries and healthy individuals.
Greenfield, B, et al.
この研究では、肩のオーバーユース損傷のある群と健康群を比較しましたが、肩甲骨位置や胸椎姿勢に有意差は確認されませんでした。
肩甲骨の外転や回旋、胸椎の湾曲といった姿勢指標は、肩障害の有無と一致しない可能性があります。
肩の痛みを姿勢のみで説明するモデルには慎重な解釈が必要です。
研究④|胸椎後弯と肩の痛みの関連を否定したシステマチックレビュー
「胸椎の姿勢が、肩の痛みや可動域および機能と確実に関連しているかどうかを検討する2016年のシステマチックレビューでは、安静時の胸椎の姿勢は、肩の痛みの有無にかかわらず同じであることがわかった。
そして直立時の胸椎の姿勢において、胸椎後弯の増加は、肩の痛みの主な原因ではない可能性がある。」
Is thoracic spine posture associated with shoulder pain, range of motion, and function? A systematic review.
Barrett, E, O’Keeffe, M, O’Sullivan, K, Lewis, J, and McCreesh, K.
このシステマチックレビューでは、胸椎姿勢と肩の痛みの関連について複数研究を統合して検討しています。
その結果、安静時の胸椎姿勢は肩痛の有無にかかわらず大きな差がないことが示されました。
胸椎後弯の増加が肩痛の主因である可能性も低いとされています。
頸椎前弯と首の痛みの関係
研究⑤|頸椎前弯と首の痛みの関連は認められなかった
「別の研究では、頸椎の湾曲と頸部痛との関連性が調べられた。
頸部痛を患っている人の平均的な分節角度は6.5度であり、そうでない人の場合は6.3度であった。
全体的な湾曲または分節角度に対する疼痛の臨床的特徴の間に相関は見られなかった。」
The association between cervical spine curvature and neck pain.
Grob, D, Frauenfelder, H, and Mannion, AF.
この研究では、頸椎カーブと頸部痛の関連が検討されましたが、頸部痛の有無による有意差は確認されませんでした。
頸椎前弯の角度や分節角度は、首の痛みと直接的に結びつく指標ではない可能性があります。
頸部痛の理解には姿勢以外の要因も考慮する必要があります。
姿勢矯正エクササイズは本当に姿勢を改善するのか
研究⑥|ストレッチや筋トレでは肩甲骨の安静姿勢は変化しなかった
「肩の運動に対するストレッチングと強化アプローチは、Wangらによってテストされた特定のパラメータに影響を及ぼしたが、安静時の肩甲骨の位置もしくは姿勢は変更されないままだった。」
Stretching and strengthening exercises: Their effect on three-dimensional scapular kinematics.
Wang, CH, McClure, P, Pratt, NE, and Nobilini.
この研究では、ストレッチや筋力強化が肩の動作パターンには影響する可能性が示されました。
しかし安静時の肩甲骨位置や姿勢そのものは大きく変化しませんでした。
運動介入は機能的な動きには影響する一方で、姿勢そのものを直接的に変化させるとは限らないと考えられます。
研究⑦|姿勢矯正エクササイズの科学的根拠は限定的
「姿勢調整のためのレジスタンス運動のレビューで、エクササイズが姿勢偏位の変化につながるという概念を裏付ける客観的なデータは存在しないとされた。」
A review of resistance exercise and posture realignment.
Hrysomallis, C, and Goodman, C.
このレビューでは、姿勢矯正を目的としたレジスタンス運動の効果が検討されました。
しかし姿勢偏位の改善を示す客観的なエビデンスは十分ではありませんでした。
日常生活の動作や個体差の影響も大きく、運動のみで姿勢を大きく変えることは容易ではない可能性があります。
骨盤前傾・腰椎前弯と腰痛の関係
研究⑧|股関節可動域と骨盤傾斜・腰椎前弯の関連は確認されなかった
「股関節伸展可動域と姿勢アライメントの3つのパラメータ(骨盤傾き、腰椎前弯、腹筋パフォーマンス)を調べた研究では、これらと姿勢アライメントの仮説的関係は再評価が必要とされた。」
Relationship between hip extension range of motion and postural alignment.
Heino, JG, et al.
この研究では、股関節伸展可動域、骨盤傾斜、腰椎前弯、腹筋機能などと姿勢アライメントの関連が調査されました。
しかしこれらの要因と姿勢の関係は明確ではありませんでした。
姿勢アライメントは単一の身体機能で決まるものではなく、多くの要因が関与する可能性があります。
研究⑨|腰椎前弯角度と腰痛の関連は認められなかった
「腰痛の女性とそうでない女性の前弯角度に差はなかった。」
Study of patients with and without low back pain. Lumbar lordosis.
Murrie, VL, et al.
この研究では、腰痛のある女性とない女性の腰椎前弯角度が比較されました。
その結果、両群の間に有意差は確認されませんでした。
腰椎前弯の角度のみで腰痛の発生を説明することは難しく、他の要因も関与している可能性があります。
研究⑩|腰痛と筋力低下は関連するが骨盤傾斜との関連はなし
「筋力低下と腰痛の関連は見つかったが、腰椎前弯や骨盤傾斜との関連は見当たらなかった。」
Relationship between mechanical factors and incidence of low back pain.
Nourbakhsh, MR, and Arab, AM.
この研究では、筋力低下や筋持久力と腰痛の関連は確認されました。
しかし腰椎前弯や骨盤傾斜との関連は見つかりませんでした。
腰痛には姿勢アライメントだけでなく、筋機能や身体活動など複数の要因が関与している可能性があります。
研究⑪|脊椎カーブと健康の関連を否定した54研究レビュー
「54研究のレビューでは、脊椎湾曲と健康の関連について強い証拠は見つからなかった。」
Spinal curves and health: a systematic critical review.
Christensen, ST, and Hartvigsen, J.
このレビューでは、脊椎カーブと健康状態の関連について54の研究が分析されました。
しかし脊椎の矢状面カーブと疼痛を含む健康状態の間に強い関連は確認されませんでした。
脊椎アライメントを健康の主要指標とする考え方には慎重な解釈が必要です。
研究⑫|腰痛患者は腰椎可動域が低いが姿勢角度に差はない
「腰痛のある人は腰椎可動域が狭いが、腰椎前弯角度や骨盤傾斜には差がなかった。」
Comparing lumbo-pelvic kinematics in people with and without back pain.
Laird, RA, Gilbert, J, Kent, P, and Keating, JL.
このメタアナリシスでは、腰痛のある人とない人の腰部骨盤運動学が比較されました。
その結果、腰痛群では腰椎可動域の低下や動作速度の違いは見られましたが、腰椎前弯角度や骨盤傾斜には差がありませんでした。
姿勢角度よりも動作特性の違いが腰痛と関連する可能性が示唆されています。
筋肉の左右差(マッスルインバランス)は問題なのか
研究⑬|骨盤前傾は無症状者にも多く正常姿勢とは限らない
「男性の85%、女性の75%が骨盤前傾を示した。」
Assessment of the degree of pelvic tilt within a normal asymptomatic population.
Herrington, L.
この研究では、無症状者の骨盤傾斜が調査されました。
多くの人が骨盤前傾を示しており、ニュートラルポジションに該当する人は少数でした。
骨盤前傾は必ずしも異常姿勢ではなく、正常な個体差として存在する可能性があります。
研究⑭|エリート選手では筋肉の左右差が一般的に存在する
「エリート選手では筋肉の非対称が確認された。」
Psoas and quadratus lumborum muscle asymmetry among elite Australian Football League players.
Hides, J, Fan, T, Stanton, W, Stanton, P, McMahon, K, and Wilson, S.
この研究では、エリートスポーツ選手において腰筋や腰方形筋の左右差が確認されました。
スポーツでは反復的な動作によって筋肉の非対称が生じることがあります。
そのため筋肉の左右差そのものが必ずしも問題を意味するとは限りません。
研究⑮|腹筋の対称性が高い選手ほど腰痛が多かった
「背部痛のあるクリケット選手は、非対称ではなく対称の筋機能を持っていた。」
Symmetry, not asymmetry, of abdominal muscle morphology is associated with low back pain in cricket fast bowlers. Gray, J, Aginsky, KD, Derman, W, Vaughan, CL.
この研究では、クリケット選手の腹筋と腰痛の関連が調査されました。
その結果、筋肉の非対称ではなく、むしろ対称性が高い選手の方が腰痛と関連していました。
筋肉の左右差を単純に問題とする考え方には再検討が必要です。
結論|姿勢だけでは痛みは説明できない
姿勢やマッスルインバランスが痛みの原因であるという説明は、臨床で広く用いられてきました。
しかし研究を整理すると
- 姿勢は個体差が大きい
- 姿勢は再現性が低い
- 痛みの有無と姿勢に差がない研究が多い
という結果が示されています。
つまり、痛みを単純に「姿勢の歪み」で説明するモデルには限界があります。
近年のペインサイエンスでは、痛みは
- 末梢神経からの入力
- 中枢神経の情報処理
- 心理社会的要因
など複数の要因によって生成されると考えられています。
姿勢だけではなく、神経科学の視点から身体を理解することが重要です。
参考:The corrective exercise trap/NICK TUMMINELLO、JASON SILVERNAIL、BEN CORMACK
JASON SILVERNAIL 氏は、DNM公式書籍の前書きを執筆している理学療法士/研究者。
このような研究結果から、痛みを単純な姿勢や構造の問題として説明するモデルだけでは不十分であり、末梢神経からの入力と中枢神経の情報処理を含めた神経科学的視点が重要になります。

