カイロプラクティックにおけるサブラクセーションとは何か|理論の妥当性を検討する
カイロプラクティックは、1895年頃にD.D.パーマーによって体系化されたとされる徒手療法です。一般に、オステオパシーの影響を受けながら発展してきたと考えられています。
その中心的な説明モデルのひとつが、脊柱のずれを意味するとされる「サブラクセーション」です。一部では、このサブラクセーションがさまざまな症状や病気の主要因であると説明されてきました。
ただし、ここでいうサブラクセーションは、一般医学でいう脱臼や亜脱臼と同じ意味ではありません。
本稿で検討するのは、効果そのものではなく、この構成概念が実在する病態として確認できるのか、また病気の原因因子として妥当なのかという点です。
なお、頚椎へのマニピュレーションでは、世界的に重篤な有害事象が報告されており、利益とリスクの両面から慎重な評価が求められます。
まずは、サブラクセーションという概念そのものを検討した論文からみていきます。
サブラクセーションという構成概念にエビデンスはあるのか
サブラクセーションを病気の原因因子として扱えるかを検討した論文では、疫学、生物学的妥当性、因果関係の基準からこの概念が評価されました。
検討の中心は、性別や人種、場所が異なっても一貫して確認できる現象なのか、さらに病気の発生と結びつく因果的な説明が成り立つのか、という点です。
この結果からは、サブラクセーションを独立した病態や原因因子として扱うための基礎条件が満たされていないことが分かります。
少なくとも、病気のプロセスを説明する正式な臨床概念として用いるには、支持するデータがかなり不足しています。
「結論:因果関係の基本的な基準を満たすエビデンスはかなり不足している。この重要な支持となる疫学的エビデンスの欠如は、カイロプラクティック・サブラクセーションの正式な発表を禁止している。」
An epidemiological examination of the subluxation construct using Hill's criteria of causation
Mirtz et al.
狙った脊柱レベルに意味はあるのか|介入の特異性
カイロプラクティックや一部の徒手療法では、「どの椎間を正確に狙うか」が結果を左右するように説明されることがあります。
しかし、慢性の非特異的頚部痛患者48人を対象にしたランダム化比較試験では、最も症状のある脊柱レベルにモビライゼーションした群と、無作為に選んだレベルに介入した群で即時の痛み軽減が比較されました。
つまり、狙ったレベルの正確さが効果の中心であるなら、両群に差が出るはずです。
ところが結果は同様であり、即時変化をもって「特定のずれを正確に見つけて戻した」と解釈するのは難しいと考えられます。
Applying Joint Mobilization at Different Cervical Vertebral Levels does not Influence Immediate Pain Reduction in Patients with Chronic Neck Pain: A Randomized Clinical Trial
Aquino et al.
脊柱マニピュレーションはあらゆる症状に有効なのか
脊柱マニピュレーションは、腰痛や頚部痛だけでなく、頭痛、非脊柱痛、月経困難症、乳児疝痛、喘息、アレルギー、めまいなど、非常に幅広い症状に有効であると語られることがあります。
そこで、複数のレビューをまとめた論文では、こうした広範な適応が本当に支持されるのかが検討されました。
広い適応を主張する理論ほど、それに見合うだけの強いエビデンスが必要です。
この結果からは、脊柱マニピュレーションを万能な介入として位置づけるだけの根拠は乏しく、他の治療選択肢より優先すべき理由も示されていません。
A systematic review of systematic reviews of spinal Manipulation
Ernst et al.
なお、内臓への影響を説明する文脈もありますが、内臓を支配する自律神経節は脊柱の前面にあり、脊髄神経とは異なる経路をとります。
そのため、仮に変化が生じるとしても、「脊柱のずれを整えたから内臓が変わった」と説明するより、刺激に伴う自律神経反応や中枢神経系の応答として考える方が妥当です。
急性腰痛へのマニピュレーションは他の治療法より優れているのか
カイロプラクティックや脊柱マニピュレーションは、腰痛に対して特別な効果をもつように語られることがあります。
しかし、急性腰痛を対象にしたコクランの論文では、脊椎マニピュレーション療法は不活発な介入、偽介入、他の介入を追加した場合と比べても優れていないことが示されました。
さらに、他の標準治療と比較したメタアナリシスでも、急性腰痛でも慢性腰痛でも、一般開業医のケア、鎮痛薬、理学療法、運動、腰痛教室を上回る明確な利点は確認されていません。
つまり、腰痛に対する変化があったとしても、それを「特有の構造異常を正した結果」と説明するだけの根拠は弱いと考えられます。
Spinal manipulative therapy for acute low-back pain (Review)
Rubinstein et al.
脊柱マニピュレーションの副作用|とくに頚椎介入のリスク
脊柱マニピュレーション、とくに頚椎への高速度介入では、軽度の副作用から重篤な合併症まで世界的に報告があります。
そのため、この領域では「変化が出るかどうか」だけでなく、「その変化がリスクに見合うのか」を分けて評価する必要があります。
頚椎へのマニピュレーション
まず、頚椎マニピュレーションの利益とリスクを検討した論文では、動脈解離や脳幹損傷、死亡を含む重篤な有害事象が報告され、利益がリスクを上回ることは実証されていないとまとめられました。
さらに、批判的検討の論文では、軽度から中等度の一時的な副作用が約30〜60%で生じうること、加えて重篤な血管系合併症や死亡例も報告されていることが示されています。
少なくとも、利益が限定的である一方、重い有害事象が起こりうる介入では、安全性の閾値は高く設定されるべきです。
頚椎介入については、「効く可能性がある」だけでは不十分であり、明確な利益が確認されない限り慎重な立場が必要です。
Manipulation of the Cervical Spine: Risks and Benefits
Physical Therapy. Volume 79. Number 1. January 1999
脊柱モビライゼーションやマニピュレーションの鎮痛機序は何か
ここまでの論文をみると、サブラクセーションという構造概念や、狙った椎間を正確に整えるという説明には強い根拠がありません。
では、介入後にみられる症状変化は何で説明できるのでしょうか。
この点では、神経生理学的反応、とくに内因性疼痛抑制系や下行性疼痛調節回路との関連を示す論文の方が、現在の科学にはより合っています。
脊柱モビライゼーションを扱った論文では、局所または遠位の痛覚過敏の変化、交感神経興奮、筋機能の変化が報告され、それらが中枢神経系を介した疼痛調節と関係する可能性が示唆されました。
また、別の論文では、β-エンドルフィン、ニューロテンシン、オキシトシン、オレキシンAなどの神経化学的反応や、下行性疼痛調節回路との関与が論じられています。
つまり、介入後の変化を「ずれが戻った」「骨格が整った」と理解するより、接触、期待、文脈、感覚入力を通じた神経系の応答として捉える方が妥当です。
Mechanism of Action of Spinal Mobilizations A Systematic Review
Lascurain-Aguirrebeña et al.
The Role of Descending Modulation in Manual Therapy and Its Analgesic Implications: A Narrative Review
Vigotsky et al.
結論|サブラクセーションではなく神経生理学で考える
以上の論文から、カイロプラクティックでいうサブラクセーションを病気の原因因子として支持するエビデンスは確認できません。
また、特定の脊柱レベルを狙った介入が特異的に優れているとも言えず、脊柱マニピュレーションがあらゆる症状に有効という根拠も乏しいのが現状です。
腰痛に対しても、他の標準治療を上回る明確な優位性は示されていません。
さらに、頚椎マニピュレーションでは重篤な有害事象が報告されており、利益とリスクのバランスを慎重に考える必要があります。
一方で、介入後の症状変化そのものを否定する必要はありません。
重要なのは、その変化を構造のずれの修正として説明するのではなく、内因性疼痛抑制系、下行性疼痛調節回路、期待、接触、文脈などを含む神経生理学的反応として捉えることです。
サイエンスとエビデンスからみれば、骨格や組織を力で整えるという説明に固執するより、実際に生じている鎮痛機序へ視野を広げる方が、より妥当な臨床理解につながります。
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