内臓マニピュレーションは効果があるのか|visceral manipulationの科学的根拠

目次

はじめに|内臓マニピュレーションは効果があるのか?

徒手療法の分野には、内臓マニピュレーション(visceral manipulation)と呼ばれるアプローチがあります。

これは、内臓の膜の癒着や内臓の位置の異常を整えることで、身体の不調や痛みを改善するという考え方に基づいた手技です。

しかし、内臓マニピュレーションの理論を検証した研究では、内臓の位置や癒着を徒手操作で直接変化させられることを示す十分な科学的証拠は確認されていません。

それにもかかわらず、施術後に腹部が軽くなったり、症状が変化したと感じる人がいるのも事実です。

では、このような変化は一体どのようなメカニズムで起こっているのでしょうか。

本稿では

・内臓マニピュレーションのエビデンス
・触刺激による神経生理学的反応
・腹部皮神経の影響

を整理し、内臓アプローチで起こり得る現象を神経科学の視点から再解釈します。

▶︎ 皮神経とは何か

ロルフィングと内臓ファシア理論

ロルフィング(Rolfing)は、筋膜リリースの一種として知られる徒手療法です。

この手技では、身体全体の筋膜バランスを整えることで姿勢や運動機能を改善すると説明されています。

一部の理論では、筋膜だけでなく内臓ファシアの癒着や制限を解放するという説明が用いられることもあります。

しかし、内臓の位置や癒着を徒手操作で変化させることができるのかについては、現在の科学的エビデンスでは十分に支持されていません。

このような「内臓ファシアの癒着」という説明は、筋膜リリースや内臓マニピュレーションの理論でもしばしば用いられます。

しかし、徒手によって内臓の癒着や位置を直接変化させられることを示す強い科学的証拠は現在のところ確認されていません。

▶︎ 筋膜リリースは本当に筋膜をリリースしているのか

内臓マニピュレーションのエビデンス

内臓オステオパシーのシステマティックレビュー:

「このレビューの目的は、診断技術の信頼性と内臓オステオパシーで使用される治療技術の臨床的有効性に関する科学的研究を特定し、批判的に評価すること。」

「内臓オステオパシーに使用される診断技術の信頼性に関するエビデンスは見つからない。ほとんどの研究はバイアスの高いリスクを提示し、評価された結果に対する信頼性を示すことに失敗している。」

Reliability of diagnosis and clinical efficacy of visceral osteopathy: a systematic review.

By Albin Guillaud, Nelly Darbois, and Nicolas Pinsault

このレビューでは、内臓オステオパシーの診断および治療技術について信頼できる科学的証拠は確認されませんでした。

多くの研究はサンプルサイズが小さく、研究デザインにも問題があることが指摘されています。

つまり、内臓の位置や癒着を徒手で評価・修正できるという理論は、現在の科学的エビデンスでは十分に支持されていない可能性があります。

腹部への持続圧と自律神経|ルフィニ終末による神経生理学的反応

下記論文では、腹部への持続圧は、感覚受容器のルフィ二を活性化させ、副交感神経反応を引き起こし、筋緊張の低下を起こすという自律神経系への影響が言われています。

▶︎ ルフィニ終末とは何か

また、腸管の機械的刺激に反応する感覚神経により、セロトニンがでて蠕動運動や消化を促す可能性があります。

ヒスタミンは腸管の収縮に関与しています。つまり、腸管の動きを促す可能性があります。

「骨盤への持続的な圧力と同様に人間の腹部領域への深い機械的圧力は、同期性皮質EEG(脳波)パターン、迷走神経線維における活動の増加、およびEMG(筋電図)活動の減少を含む副交感神経の反射反応を引き起こすことが証明されている。」

「Ernst Gellhornによる視床下部同調状態モデルによれば、迷走神経緊張の増加は自律神経系および関連する内臓の変化を引き起こすだけでなく、視床下部の前葉を活性化する傾向がある。」

「このような視床下部の『エネルギー蓄積的同調』は、猫および人の両方において、全体的な筋緊張の低下、より静かな感情的活動、同期性皮質活動の増加を誘発する。」

「したがって、徒手による深い圧力、特にそれがゆっくりまたは安定している場合、間質とルフィニ機械受容器を刺激し、それが迷走神経活動の増加をもたらし、局所的な体液動力学および組織の代謝を変えるだけでなく、全体的な筋肉弛緩と同じように、より平和な心と感情的な覚醒の減少をもたらす。」

「その一方で、突然の深く触れる圧力、またはつまむこと、または他の種類の強くて速いマニュピレーションは骨格筋、特に脊髄神経前枝を介して神経支配される『発生学的な屈筋群』の全般的収縮を誘発することが示されている。」

Robert Schleip; Fascial plasticity - a new neurobiological explanation

腹部への持続的な圧刺激は、皮膚や筋膜に存在する機械受容器、特にルフィニ終末を刺激する可能性があります。

これらの受容器は副交感神経反応と関連しており、迷走神経活動の増加や筋緊張の低下などの生理学的変化を引き起こすことが報告されています。

腹部皮神経と腹壁痛|ACNES(前皮神経絞扼症候群)

腹部の疼痛や不快感の一部は、内臓ではなく腹壁に分布する神経の障害によって生じる可能性があります。

その代表的な疾患が ACNES(Anterior Cutaneous Nerve Entrapment Syndrome:前皮神経絞扼症候群) です。

腹部の皮神経は、脊髄前根から出た神経が肋間神経として腹部へ走行し、腹直筋外側縁付近で皮膚へ向かって直角に分岐します。

この解剖学的構造のため、腹直筋外側縁では神経が絞扼や圧迫の影響を受けやすいことが知られています。

「前皮神経絞扼症候群(ACNES)は臨床医にはめったに見られない難解な状態のように聞こえるかもしれない、一般的な状態だ。」

「実際の診断が決定できないとき、これらの患者の多くは精神医学的診断を受けた。実際、腹壁の痛みの最も一般的な原因は、腹直筋の外側縁での神経絞扼だ。」

Abdominal Cutaneous Nerve Entrapment Syndrome (ACNES): A Commonly Overlooked Cause of Abdominal Pain. By William V Applegate, MD, FABFP

内臓痛と腹壁痛の混同|腹部痛の原因としての皮神経

腹部痛は必ずしも内臓由来とは限りません。

腹壁に分布する神経の障害によっても腹部痛は生じることが知られています。

ACNESでは腹直筋外側縁で前皮神経が絞扼されることで、局所的な腹部痛が生じます。

このような腹壁由来の痛みは内臓痛と誤認されることがあり、実際には腹壁の神経の問題であるケースも報告されています。

そのため、腹部への徒手刺激で症状が変化した場合でも、それが必ずしも内臓機能の変化を意味するわけではなく、腹壁の皮神経への刺激による可能性も考えられます。

大腰筋リリースは可能なのか|解剖学から見た徒手操作の限界

徒手によって大腰筋を直接リリースするという説明は、解剖学的構造を考えると現実的とは言えません。

大腰筋は腹腔の深部に位置しており、皮膚・皮下組織・腹筋群・腹膜など複数の組織の下に存在しています。

これらの構造を考慮すると、体表からの徒手で大腰筋そのものに直接的な機械的変化を与えることは容易ではありません。

そのため、臨床で感じられる変化の多くは、大腰筋や内臓そのものへの直接的な操作ではなく、それより浅層にある組織への刺激によって説明できる可能性があります。

例えば、腹部に分布する前皮神経などの末梢神経への刺激が、結果として身体の感覚や緊張状態に変化をもたらしている可能性があります。

また、これらの刺激は自律神経活動にも影響を与えることが知られており、その結果として身体がリラックスしたり、症状が軽減したように感じることもあります。

腹部は皮下脂肪や筋を合わせると2〜3cmほどの厚みがあり、その下には腹膜などの膜、さらに内臓が存在しています。

このような構造を考えると、体表からの徒手で深部構造そのものを直接変化させるという説明には、解剖学的な制限が存在します。

内臓アプローチで起きている可能性のある現象

内臓マニピュレーションは、膜の癒着を剥がしたり、内臓の位置を正している訳ではありません。

では何が効果を感じさせるのでしょうか。

考えられる可能性として、次のような神経生理学的反応があります。

  1. 持続圧によりルフィニ終末が反応し、副交感神経反応を引き起こす。
  2. 腸管の機械受容器を刺激することで、腸管の蠕動運動や収縮に関与するセロトニンやヒスタミンが放出される。
  3. 皮神経の絞扼状態が変化して、腹部の痛みや不快感が減る。

しかし、これらの反応に強い力は必ずしも必要ではありません。

内臓マニピュレーションによる有害事象については、徒手による強い圧迫によって内臓損傷が起こった可能性を報告する症例も存在します。

Visceral Manipulation: A Case Report of Adverse Effects
Journal of Bodywork and Movement Therapies

筋膜リリースのコラムでも書きましたが、内臓アプローチによって生じる変化は、皮膚や筋膜と同様に、ルフィニ終末や自律神経、皮神経の絞扼などの影響によって説明できる可能性があります。

結論

このような観点から見ると、徒手療法の効果は「深部構造を直接変化させている」というよりも、皮膚・筋膜・皮神経などからの感覚入力が中枢神経系の情報処理に影響を与えることによって生じている可能性があります。

言い換えれば、強い力で深部構造を変えようとする必要は必ずしもありません。

サイエンスの視点から見ると、むしろ

Less is more.

という考え方が導かれます。

徒手療法の多くの効果は、構造の修正ではなく、皮膚・筋膜・皮神経からの感覚入力が中枢神経系の情報処理を変化させることによって説明できる可能性があります。

 


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