鍼の効果は特異的か、それともプラセボか|偽鍼研究と神経科学から再検討する

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鍼の効果は特異的か、それともプラセボか|偽鍼研究と神経科学から再検討する

鍼とは、身体に鍼を刺すことで、痛みなどのさまざまな身体症状の軽減を目指す、中国由来の療法です。

代替療法の一つとして扱われることもあり、海外ではドライニードリングという形でも広まっています。

一般には、経絡というライン上にある経穴、いわゆるツボに鍼を刺す方法として説明されます。しかし、気や経絡に基づく伝統理論は、現代の解剖学、生理学、神経科学から一貫して支持されているわけではありません。

そのため、鍼を評価するときは、鍼で変化が起こるかという点と、その説明理論が正しいかという点を分けて考える必要があります。

鍼の効果はバイアスと区別できないのか|系統的レビューが示す特異性の限界

まず重要なのは、鍼と無治療を比べたときの差だけではなく、本物の鍼と偽鍼の差がどの程度あるのかという点です。

この違いをみなければ、治療儀式、期待、接触、注意、条件づけといった非特異的要因を区別できません。

本物の鍼と偽鍼の差をどうみるか

さまざまな痛みを対象に、本物の鍼、プラセボ鍼、無治療を比較した研究では、13件の試験と3025人の患者様が検討されています。

鍼は無治療より改善を示しましたが、本物の鍼と偽鍼の差は小さく、しかもその差は臨床的に大きいとは言えないと評価されました。この結果からは、鍼で何らかの反応が起こることと、経絡や経穴という理論が正しいことは同じではないと考えられます。

少なくとも、観察された変化だけを根拠に、伝統理論の特異的作用まで支持することはできません。

「鍼治療のわずかな鎮痛効果が認められたが、これは臨床的な関連性がないと思われ、バイアスと明確に区別できない。」

「我々の調査結果は、経絡と気の存在に基づく鍼治療の伝統的な基礎と、鍼治療が痛みに重要な影響を及ぼすという仮説の両方に疑問を投げかけている。」

Acupuncture treatment for pain: systematic review of randomised clinical trials with acupuncture, placebo acupuncture, and no acupuncture groups.

▶︎ 生物学的妥当性とは何か

中国の鍼研究はどう読むべきか|出版バイアスの問題

鍼研究では、中国からの報告が非常に多いことも重要な論点です。

研究数が多いこと自体は問題ではありませんが、肯定的な結果が極端に集中する場合は、出版バイアスや報告バイアスを慎重に考える必要があります。

肯定的結果の偏りをどう考えるか

別の医学的批判では、近代以降の鍼研究を見ても、いわゆる鍼を刺す場所に生理学的、神経学的、解剖学的な一貫した対応が見つかっていないことが指摘されています。

加えて、中国で行われた鍼研究がほぼ例外なく肯定的であるという点も問題にされています。

ここで大切なのは、この記述の強さそのものではなく、研究数の多さや肯定的結果の多さだけで有効性を判断してはいけないという点です。

つまり、鍼研究を読むときは、結果だけでなく、研究文化や出版構造まで含めて吟味する必要があります。

本物の鍼と偽物の鍼に差はあるのか|爪楊枝研究が示すこと

鍼を刺す部位や深さが本当に重要なのかをみるうえで、偽鍼研究は非常に重要です。

とくに、皮膚を実際には刺さない方法でも同じような改善が得られるなら、経穴や刺入深度の特異性は大きく揺らぎます。

刺す場所や深さは決定的なのか

慢性腰痛の患者様638人を対象に、個別化した鍼、標準的な鍼、爪楊枝を使った偽鍼、通常ケアを比較した研究では、通常ケアよりは改善がみられた一方で、個別化の有無や実際に皮膚へ刺すかどうかは、決定的な差になりませんでした。

この研究の重要な点は、患者様ごとにツボを細かく選ぶことや、実際に皮膚へ刺入することが、治療効果の中心ではない可能性を示したところにあります。

つまり、鍼らしい介入であること自体が反応を引き出していても、経絡理論が想定する特異性までは支持していません。

「これらの結果は、鍼治療の作用機序とされるものに疑問を投げかけるものである。鍼治療、あるいは我々が行った鍼治療のシミュレーションが、生理学的に重要な刺激を与えるのか、それともプラセボ効果や非特異的な効果に過ぎないのかは、依然として不明である。」

A Randomized Trial Comparing Acupuncture, Simulated Acupuncture, and Usual Care for Chronic Low Back Pain.

また別の医学的批判では、この爪楊枝研究を踏まえ、患者様が本物の鍼を受けたと信じること自体が大きな要因ではないかと論じています。

この視点は、鍼の効果を経絡理論だけでなく、儀式性、期待、信念、文脈といった非特異的要因から読む必要があることを示しています。

つまり、変化があるとしても、その説明を特定のツボの特異性だけに求めるのは難しいということです。

「爪楊枝で皮膚に触れることも同様に機能する。重要な要素は、患者が真の鍼治療を受けていると信じているかどうかにあるようだ。」

「儀式的な環境、患者とセラピストの信念、治療の非特異的効果が、報告された利益の原因である可能性が高いことが、ますます明らかになっている。」

Acupuncture’s claims punctured: Not proven effective for pain, not harmless

▶︎ 鍼をゴム手に刺しても得気感覚と脳の変化が起こる

鍼の鎮痛は何で説明できるのか|DNICと下行性疼痛抑制系

鍼は侵襲性を伴う介入です。

侵襲性を伴う刺激は侵害刺激となるため、DNICのような疼痛抑制機構を誘発する可能性があります。

DNICとは、ある侵害刺激が別の部位の痛みを一時的に抑制する神経現象です。

したがって、鍼で鎮痛が生じたとしても、それは経絡の特異的作用ではなく、一般的な神経生理学的鎮痛反応として説明できる可能性があります。

強いマッサージ、カッピング、注射などでも類似した鎮痛がみられることを考えると、鍼だけに固有の機序を想定する必然性は高くありません。

▶︎ 下行性疼痛抑制系とは何か

▶︎ DNICとは何か

▶︎ カッピングは本当に効果があるのか

鍼は完全にプラセボなのか|非特異的効果と侵襲性の影響

鍼を考えるうえで重要なのは、効果があるかないかを二択で考えることではありません。

むしろ、観察される効果のうち、どこまでが特異的作用で、どこからが期待、侵襲性、儀式、文脈、条件づけによる非特異的効果なのかを考える必要があります。

侵襲性と期待はどの程度影響するのか

鍼をプラセボ療法として再検討した論文では、臨床的利益の大部分が、期待、治療儀式、患者様の認識、侵襲性の知覚といった非特異的要因で説明できる可能性が論じられています。

その中では、鍼とプラセボの鎮痛が共通のオピオイド依存性メカニズムを介している可能性や、複雑で侵襲性のある介入ほどプラセボ効果が強まりやすい点も整理されています。

この結果からは、患者様が本物の鍼を受けたかどうかよりも、鍼らしい治療を受けたと認識し、そこに効果を期待したかどうかの方が、自己報告の改善に大きく関わっている可能性があります。

つまり、変化は起こりうるとしても、その説明を経穴や刺入深度の特異的作用だけに求めるのは難しいということです。

「鍼治療はプラセボ効果のみによって作用している可能性が考えられる。」

Is Acupuncture a Placebo Therapy?

▶︎ プラセボ効果とは何か

鍼の副作用はどの程度あるのか|有害事象も無視できない

鍼を評価するときは、効果だけでなく有害事象も併せて考える必要があります。

とくに、侵襲性を伴う以上、無害とは言えません。

日本の前向き調査からみた軽度の有害事象

日本で行われた多施設前向き調査では、232人の鍼灸師、2180人の患者様、14039回のセッションが対象になっています。

その中で847件、約6.0%の有害事象が報告され、皮下出血と血腫が約2.6%、不快感が約0.8%、刺鍼部の残存痛が約0.7%でした。感染症や重篤な有害事象は報告されていませんが、軽度の副作用は決して珍しくありません。

少なくとも、日常臨床でみられる皮下出血、血腫、不快感、残存痛は、利益と併せて評価する必要があります。

「合計で、847件(6.03%)の有害事象が報告された。」

「最も一般的な有害事象には、皮下出血と血腫(370件、2.64%)が含まれ、続いて不快感(109件、0.78%)と刺鍼部の残存痛(94件、0.67%)が続いた。」

A Multicenter Prospective Survey of Adverse Events Associated with Acupuncture and Moxibustion in Japan

重篤な有害事象と効果の小ささを合わせて考える

さらに、複数の研究をまとめた別の論文では、57のシステマティックレビューをもとに、5名の死亡例を含む95名の重篤な副作用が報告されています。

気胸や感染症が頻度の高い重篤な有害事象として挙げられており、同時に、本物の鍼が偽鍼より優れていないこと、また期待を高めるコミュニケーションが結果に影響することも示されています。

つまり、効果が限定的で、しかも偽鍼との差が小さいのであれば、有害事象の存在は軽く扱えません。

効果が小さい介入ほど、リスクの低さと理論の妥当性がより重要になります。

「5件の死亡例を含む95件の重篤な副作用が報告された。気胸と感染症が最も頻繁に報告された副作用であった。結論として、多数の系統的レビューによって、鍼治療が疼痛軽減に有効であるという真に説得力のある証拠はほとんど得られていない。重篤な副作用は引き続き報告されている。」

Acupuncture: Does it alleviate pain and are there serious risks? A review of reviews

結論|鍼をどう位置づけるべきか

これらの知見から考えると、鍼の効果は、儀式的要素、患者様や施術者の期待、文脈による非特異的鎮痛、侵襲刺激によるDNIC、そして条件づけや予測に基づく中枢神経系の反応として理解する方が自然です。

刺す場所や深さは決定的ではなく、爪楊枝などの偽鍼でも本物の鍼と近い結果が得られています。また、経穴や経絡は、生理学的、解剖学的、神経学的に一貫した支持を得ているわけではありません。

プラセボ効果や文脈効果は軽視すべきではありません。しかし、それらで説明できる部分が大きいのであれば、あえて侵襲性の高い方法を選ぶ理由は慎重に吟味する必要があります。

慢性痛に対しては、より侵襲性が低く、リスクが少なく、生物学的妥当性の高い方法を優先して検討する方が合理的です。

観察された変化と、その変化を説明する理論を分けて考えることが、プロにとって重要な視点です。


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