はじめに|腰痛という症状
腰痛は世界的に最も多い運動器症状の一つです。
多くの人が人生のどこかで腰痛を経験すると言われています。
腰痛は一般的に、腰の痛み、違和感、動作時の痛みなどとして感じられます。
しかし腰痛という言葉は特定の病名ではなく、腰部に生じる痛みの症状を指す総称です。
そのため腰痛という言葉だけでは、痛みの原因やメカニズムを特定することはできません。
非特異的腰痛とは何か
腰痛の多くは、明確な原因を特定できない 非特異的腰痛(non-specific low back pain) に分類されます。
研究では、腰痛の約80%がこの非特異的腰痛に含まれると報告されています。
つまり多くの腰痛では、特定の組織損傷や構造異常だけで症状を説明できない場合があります。
腰痛の原因としてよく説明されるもの
腰痛の原因として、次のような構造的変化がよく説明されます。
・椎間板ヘルニア
・脊柱管狭窄
・椎間関節の変化
・筋肉や靱帯の損傷
これらは脊椎周囲の構造による影響として説明されることが多いものです。
しかし研究では、画像検査で見られる構造変化と症状が一致しないケースが少なくないことが報告されています。
つまり、構造変化だけで腰痛を完全に説明できるとは限らない可能性があります。
筋肉損傷や炎症だけでは慢性腰痛を説明できない
腰痛の原因として「筋肉の損傷」や「炎症」が説明されることがあります。
しかし筋肉の損傷や炎症は、一般的には数日から数週間で回復することが知られています。
一方、慢性腰痛は数か月から数年にわたって持続することがあります。
このことから、筋肉の損傷や炎症だけで慢性的な腰痛を説明することは難しい可能性が指摘されています。
腰痛と末梢神経
腰痛の症状には、末梢神経の状態や感覚入力の変化が関与する可能性があります。
腰部には多くの末梢神経が分布しています。
例えば
・脊髄神経後枝
・皮神経
・運動神経
などです。
皮神経の状態変化によって皮膚や浅部組織の感覚入力が変化することがあります。
また運動神経の活動変化によって筋活動や筋緊張が変化することもあります。
このような末梢神経の状態と入力の変化が、腰痛の症状に関与する可能性があります。
腰痛と神経系の可塑性
慢性的な腰痛では、神経系の情報処理の変化が関与する可能性があります。
神経系は固定された構造ではなく、刺激や経験によって変化する性質を持っています。
このような変化は 神経可塑性 と呼ばれます。
神経可塑性によって、感覚入力の処理や痛みの知覚が変化することがあります。
そのため慢性腰痛では、痛みの強さや分布が組織の状態と一致しない場合もあります。
痛みは脳だけの問題ではない
痛みは脳で知覚されますが、痛みの原因をすべて脳だけで説明できるわけではありません。
痛みは
・末梢神経からの感覚入力
・脊髄での情報処理
・脳のネットワーク活動
など、神経系全体の相互作用によって生じる現象です。
つまり痛みは、末梢神経系と中枢神経系を含む神経系全体の現象として理解する必要があります。
腰痛とバイオサイコソーシャルモデル
近年の疼痛研究では、痛みは身体構造だけでなく複数の要因の相互作用によって生じると考えられています。
この考え方は バイオサイコソーシャルモデル と呼ばれます。
痛みには
・生物学的要因
・心理的要因
・社会的要因
が関与する可能性があります。
心理的アプローチだけでは慢性腰痛は説明できない
慢性腰痛では、心理的要因が痛みの経験に影響する可能性があることが多くの研究で示されています。
そのため近年では、認知行動療法(CBT)や心理教育などの心理的アプローチが慢性疼痛の治療として用いられることがあります。
しかしメタアナリシスやシステマティックレビューでは、これらの心理的介入は痛みや生活機能に対して一定の改善を示すものの、効果量は限定的であることが報告されています。
つまり慢性腰痛は、心理的要因のみで説明できる単純な問題ではない可能性があります。
一部の議論では、慢性腰痛の原因を恐怖回避思考、怒り、ストレスなどの心理的要因に強く求める説明も見られます。
しかしこのような説明は、痛みの多因子性を過度に単純化してしまう可能性があります。
慢性疼痛は
・末梢神経からの感覚入力
・脊髄での情報処理
・脳ネットワークによる統合
・心理社会的要因
など複数の要素の相互作用によって生じます。
そのため慢性腰痛の理解では、心理的要因だけに焦点を当てるのではなく、末梢神経の状態と入力を含めた神経系全体の相互作用として整理することが重要になります。
ニューロマトリックスと腰痛
痛みの神経科学的理解として ニューロマトリックス理論 が提案されています。
この理論では、痛みは単なる組織損傷の結果ではなく、脳内ネットワークによる情報処理の結果として生じると考えられています。
末梢からの感覚入力に加え、情動、認知、経験などが統合されて痛みが知覚される可能性があります。
腰痛と慢性疼痛
腰痛が長期間続く場合、痛みは単一の要因だけで説明できない場合があります。
近年のペインサイエンスでは、痛みは主に次の3つに分類されます。
・侵害受容性疼痛
・神経障害性疼痛
・痛覚変調性疼痛
慢性腰痛では、これらのメカニズムが複数関与する可能性があります。
結論|腰痛をどう理解するか
腰痛は腰部に生じる痛みの症状を指す言葉です。
しかし、この言葉は特定の原因を示す病名ではありません。
腰痛の症状には
・脊椎の構造変化
・末梢神経の状態と入力
・皮神経や運動神経の活動変化
・神経系の可塑性
・心理社会的要因
など、複数の要因の相互作用が関与する可能性があります。
そのため腰痛を理解する際には、構造だけでなく神経科学やペインサイエンスの視点から整理することが重要になります。
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