PSBモデルとは何か|姿勢・構造・バイオメカニクスと疼痛
徒手療法や運動療法の臨床では、姿勢の歪み、骨盤アライメント、マッスルインバランス、関節配列などの構造的要因が痛みの原因として説明されることがあります。
このように、姿勢・構造・生体力学(バイオメカニクス)から疼痛を説明する理論は、PSBモデル(Postural・Structural・Biomechanical)と呼ばれています。
PSBモデルでは、身体の非対称性や構造的な変化が機械的ストレスを生み、その結果として筋骨格系の疼痛が生じると考えられます。
そのため、姿勢矯正、骨盤アライメント調整、筋バランス改善などの介入は、このモデルを理論的背景として発展してきました。
PSBモデルは長年にわたり筋骨格系医療やトレーニング分野で広く用いられてきましたが、近年の研究では姿勢や構造と疼痛の関係は想定されていたほど単純ではない可能性が示されています。
本記事では、PSBモデルの概念と臨床的背景を整理し、姿勢、構造、マッスルインバランスと疼痛の関係について研究エビデンスをもとに批判的に検討します。
マッスルインバランスとは何か
マッスルインバランスとは、身体の左右や前後の筋肉の活動バランスが崩れることで、関節や姿勢に影響が生じるという考え方です。
この概念では、特定の筋肉が弱くなる、あるいは過剰に働くことで関節の位置や運動パターンが変化し、その結果として痛みや障害が生じると説明されます。
この考え方は、姿勢・構造・生体力学から疼痛を説明するPSBモデルと密接に関係しています。
PSBモデルでは、姿勢の歪みや関節アライメントの変化が疼痛を引き起こすと考えられ、その原因としてマッスルインバランスが想定されることが多いためです。
マッスルインバランスの代表的な概念として知られているのが、ヤンダ(Vladimir Janda)が提唱した交差性症候群(crossed syndrome)です。
これは、特定の筋肉群が過剰に働き、別の筋肉群が抑制されることで特徴的な姿勢パターンが形成されるというモデルです。
例えば、上位交差性症候群では胸筋や僧帽筋上部などが過活動となり、深部頸屈筋や僧帽筋下部が弱化すると説明されます。
また下位交差性症候群では腸腰筋や脊柱起立筋が過活動となり、腹筋群や殿筋群が抑制されると考えられています。
このようなモデルは、姿勢異常や筋肉の不均衡が疼痛を引き起こすというPSBモデルの説明と整合するため、運動療法や姿勢矯正プログラムの中で広く用いられてきました。
しかし近年の研究では、筋肉の左右差や筋機能の非対称性は必ずしも疼痛と一致しない可能性が示されています。
この点については、後半で研究エビデンスを整理します。
PSBモデルはなぜ広まったのか
PSBモデルが広く普及した背景には、姿勢や構造が臨床で観察・触診によって確認できるという特徴があります。
骨盤の傾き、背骨のカーブ、筋肉の左右差などは視覚的に理解しやすく、症状の原因として説明しやすい要素でした。
また20世紀の筋骨格系医療では、生体力学(バイオメカニクス)による身体理解が主流であり、身体を機械構造として捉えるモデルが広く用いられていました。
この背景の中で、構造やアライメントから疼痛を説明するPSBモデルは臨床的に受け入れられやすい理論でした。
PSBモデルが現在も臨床で使われ続けている理由
研究では姿勢や構造と疼痛の関係は単純ではないことが示されていますが、PSBモデルは現在も多くの臨床現場で用いられています。
その理由の一つは、姿勢や構造が評価しやすく、臨床家と患者様の間で共有しやすい説明モデルであることです。
視覚的に確認できる身体の特徴は、症状の理解を助ける説明として受け入れられやすい側面があります。
さらに、運動療法や姿勢指導、トレーニングなど多くの介入方法がPSBモデルと結びつきながら発展してきた歴史もあります。
そのため臨床教育やトレーニングの中で、このモデルが長く継承されてきました。
しかし研究エビデンスを整理すると、姿勢や構造のみで疼痛を説明することには限界がある可能性が示されています。
PSBモデルの前提|姿勢や構造は痛みを説明できるのか
PSBモデルでは、脊柱のカーブや骨盤アライメント、椎間板変性などの構造的問題が腰痛の原因であると説明されることがあります。
しかし研究では、姿勢や構造と腰痛の関連は必ずしも明確ではないことが報告されています。
「10代の若者における姿勢的な脊椎非対称性、胸椎後弯、腰椎前弯と、成人における腰痛の発症との間には関連性がなかった。」
「成人において、腰椎前弯の度合いおよび側弯の存在は、腰痛との関連を示さなかった。」
「分節間の局所的な腰椎の角度または可動域の違いもまた、将来における腰痛の進行との関連を示すことはできなかった。」
「X線とMRIの所見が将来の腰痛や障害に対して予測的な価値がないという強力なエビデンスがある。」
「それ以来、いくつかの研究は脊椎/椎間板変性と腰痛との間の明確な関係を示すことができなかった。」
「20〜71歳、34,902人の双子のデンマーク人の研究では、より若い被験者とより高齢者との間の腰痛頻度に有意差はなかった。」
The fall of the postural–structural–biomechanical model in manual and physical therapies: Exemplified by lower back pain.
Eyal Lederman
これらの研究は、姿勢や脊椎構造のみでは腰痛の発症や進行を十分に説明できない可能性を示しています。
姿勢評価は信頼できるのか
PSBモデルの多くは、姿勢評価を前提にしています。
しかし、そもそも姿勢が安定した指標なのかという問題があります。
「再現性のない直立姿勢は、放射線測定の誤った解釈、誤った診断、そしておそらく不必要な治療につながる可能性がある。
全ての無症状被験者の53%が、仙骨の方向において20%を越える変動を示し、被験者の31%が30%を越える変動を明らかにした。
立位は非常に固有性があり、再現性が低いと結論付けることができる。
行われた立位相の数は、再現性にポジティブな影響を示さなかった。
したがって、立位の変動性は予測可能ではなくランダムである。
腰痛患者の腰椎前弯は無症候性の被験者と有意差はなかった。
したがって、立位での被験者/患者に1つの「正常な前弯」または「正常な仙骨の向き」を期待するのは不合理である。
腰痛患者と運動選手は無症状の運動選手とは異なる行動を示さなかった。」
How do we stand? Variations during repeated standing phases of asymptomatic subjects and low back pain patients.
Hendrik Schmidt, Maxim Bashkuev, Jeronimo Weerts, Friedmar Graichen, Joern Altenscheidt, Christoph Maier.
この研究は、立位姿勢が個人内でも大きく変動し再現性が低いことを示しています。姿勢を固定的な指標として評価することには慎重な解釈が必要と考えられます。
骨盤アライメント・脚長差・足部アライメント
PSBモデルでは、骨盤の歪みや脚長差、足部アライメントも腰痛の原因として説明されることがあります。
「骨盤の傾斜/非対称性や仙骨外側底角と、腰痛との間に相関性はない。」
The fall of the postural–structural–biomechanical model in manual and physical therapies: Exemplified by lower back pain.
Eyal Lederman
この研究では、骨盤傾斜や仙骨アライメントと腰痛との間に明確な関連は確認されていません。骨盤の歪みのみで腰痛を説明するモデルには限界がある可能性が示されています。
「人々の約90%が平均5.2mmの脚長差を持っている。」
「脚長差が約20mmに達するまで臨床的に有意ではない。」
「脚長差と腰痛との間に相関関係は見られなかった。」
The fall of the postural–structural–biomechanical model in manual and physical therapies: Exemplified by lower back pain.
Eyal Lederman
多くの人に脚長差は存在しますが、軽度の差は臨床的問題とは限りません。脚長差のみで腰痛を説明する考え方には慎重な解釈が必要とされています。
「足の力学を修正しても腰痛の予防に効果はない。」
「装具による矯正が腰痛の予防に効果がないという強いエビデンスがある。」
The fall of the postural–structural–biomechanical model in manual and physical therapies: Exemplified by lower back pain.
Eyal Lederman
足部アライメントの修正や装具使用が腰痛予防に有効であるという明確な証拠は確認されていません。足部構造のみで腰痛を説明することには限界が示唆されています。
筋肉の硬さ・筋力・マッスルインバランス
筋肉の硬さ、筋力不足、マッスルインバランスも、PSBモデルでは痛みの原因として説明されることがあります。
「大腰筋やハムストリングの硬さは腰痛の将来のエピソードを予測できない。」
「体幹筋の低い持久力は腰痛と関連しないという強いエビデンスがある。」
The fall of the postural–structural–biomechanical model in manual and physical therapies: Exemplified by lower back pain.
Eyal Lederman
筋肉の硬さや体幹筋持久力だけで、腰痛を予測することは難しい可能性が示されています。
「股関節伸展可動域と姿勢アライメントの仮説的関係は再評価が必要とされた。」
Relationship between hip extension range of motion and postural alignment.
Heino, JG, et al.
股関節可動域と姿勢アライメントの関係は再検討が必要とされています。
「腰痛の女性とそうでない女性の前弯角度に差はなかった。」
Study of patients with and without low back pain. Lumbar lordosis.
Murrie, VL, et al.
腰椎前弯角度と腰痛の間に明確な差は確認されていません。
「筋力低下と腰痛の関連は見つかったが、腰椎前弯や骨盤傾斜との関連は見当たらなかった。」
Relationship between mechanical factors and incidence of low back pain.
Nourbakhsh, MR, and Arab, AM.
筋力低下は腰痛と関連しますが、姿勢アライメントとは一致していません。
体重と腰痛
PSBモデルでは体重増加による機械的負荷が腰痛の原因になると説明されることがあります。
しかし研究では、この関係も単純ではないことが報告されています。
「過体重や肥満と腰痛との関連性は低い。」
「より重い体重による累積的負荷が椎間板に有害ではないことが示されている。」
The fall of the postural–structural–biomechanical model in manual and physical therapies: Exemplified by lower back pain.
Eyal Lederman
体重増加と腰痛の間に強い関連は確認されていません。
妊娠と腰痛
妊娠中には姿勢や骨盤アライメントが変化することが知られています。
しかしこの変化も、腰痛との直接的な関連は確認されていません。
「妊娠中の脊柱前弯や骨盤傾斜の増加は腰痛との関連性を欠いている。」
The fall of the postural–structural–biomechanical model in manual and physical therapies: Exemplified by lower back pain.
Eyal Lederman
妊娠では姿勢や骨盤アライメントが大きく変化しますが、それでも腰痛との明確な関連は確認されていません。姿勢変化のみで疼痛を説明するモデルには限界がある可能性が示されています。
肩・頸部の姿勢と痛み
姿勢と痛みの関係は、肩や頸部でも研究されています。
「研究者らは、痛みのある人とない人で、頭部と肩の位置に差がないことを見出した。
そして姿勢または筋肉の不均衡が痛みの原因であるというエビデンスは見つからなかった。」
Subacromial impingement syndrome: The role of posture and muscle imbalance.
Lewis, JS, Green, A, and Wright, C.
この研究では、肩の痛みの有無によって頭部や肩の姿勢に差は確認されませんでした。姿勢や筋肉の不均衡だけで肩の痛みを説明することには限界がある可能性が示されています。
「肩甲骨の外転、回旋、胸椎中央部の湾曲を調べても、2つのグループの間に有意差は見られなかった。」
Posture in patients with shoulder overuse injuries and healthy individuals.
Greenfield, B, et al.
この研究では、肩のオーバーユース損傷のある人と健康な人の姿勢に有意差は確認されませんでした。姿勢のみで肩障害の発生を説明することには慎重な解釈が必要と考えられます。
「胸椎後弯の増加は肩の痛みの主な原因ではない可能性がある。」
Is thoracic spine posture associated with shoulder pain, range of motion, and function? A systematic review.
Barrett, E, O’Keeffe, M, O’Sullivan.
このレビューでは、胸椎姿勢と肩の痛みの間に一貫した関連は確認されていません。胸椎後弯の増加が肩痛の主な原因であるという単純な説明は支持されていません。
「頸椎の湾曲と頸部痛との関連性は認められなかった。」
The association between cervical spine curvature and neck pain.
Grob, D, Frauenfelder, H, and Mannion, AF.
この研究では、頸椎のカーブと頸部痛との間に有意な関連は確認されませんでした。頸椎アライメントのみで頸部痛を説明するモデルには限界がある可能性が示されています。
姿勢矯正エクササイズの研究
姿勢矯正エクササイズの効果についても研究が行われています。
「肩の運動に対するストレッチングと強化アプローチは特定のパラメータに影響したが、安静時の肩甲骨の位置は変更されなかった。」
Stretching and strengthening exercises: Their effect on three-dimensional scapular kinematics.
Wang, CH, McClure, P, Pratt, NE, and Nobilini.
この研究では、ストレッチや筋力強化は肩の運動に影響したものの、安静時の肩甲骨位置は変化しませんでした。姿勢矯正が構造を直接変えるとは限らない可能性が示されています。
「姿勢調整のためのレジスタンス運動が姿勢偏位を変化させるという客観的なデータは存在しない。」
A review of resistance exercise and posture realignment.
Hrysomallis, C, and Goodman, C.
このレビューでは、姿勢改善を目的としたレジスタンス運動が姿勢偏位を客観的に変化させるという明確な証拠は確認されていません。姿勢矯正の効果には慎重な解釈が必要とされています。
筋肉の対称性と疼痛
筋肉の左右差は問題とされることがありますが、研究では必ずしも単純ではありません。
「研究のレビューでは、脊椎湾曲と健康の関連について強い証拠は見つからなかった。」
Spinal curves and health: a systematic critical review.
Christensen, ST, and Hartvigsen, J.
このレビューは、脊椎の湾曲と健康状態や疼痛の間に一貫した関連が確認されていないことを示しています。
姿勢や脊椎カーブのみで症状を説明するモデルには限界がある可能性が示唆されています。
「腰痛のある人は腰椎可動域が狭いが、腰椎前弯角度や骨盤傾斜には差がなかった。」
Comparing lumbo-pelvic kinematics in people with and without back pain.
Laird, RA, Gilbert, J, Kent, P, and Keating, JL.
この研究では、腰痛群では腰椎可動域の低下がみられましたが、姿勢角度や骨盤傾斜には差がありませんでした。
構造的アライメントだけでは疼痛の発生を説明できない可能性が示されています。
「男性の85%、女性の75%が骨盤前傾を示した。」
Assessment of the degree of pelvic tilt within a normal asymptomatic population.
Herrington, L.
この研究は、骨盤前傾が多くの無症状者にも一般的に存在することを示しています。
骨盤アライメントのみで疼痛や障害を説明することには注意が必要であることを示唆しています。
「エリート選手では筋肉の非対称が確認された。」
Psoas and quadratus lumborum muscle asymmetry among elite Australian Football League players.
Hides, J, Fan, T, Stanton, W, Stanton, P, McMahon, K, and Wilson, S.
この研究では、エリートアスリートにおいて筋肉の左右差が一般的に存在することが確認されています。
筋肉の非対称性が必ずしも障害や疼痛を意味するわけではない可能性が示されています。
「背部痛のあるクリケット選手は、非対称ではなく対称の筋機能を持っていた。」
Symmetry, not asymmetry, of abdominal muscle morphology is associated with low back pain in cricket fast bowlers.
Gray, J, Aginsky, KD, Derman, W, Vaughan, CL.
この研究では、腰痛のある選手の腹筋はむしろ対称的であることが示されました。
筋肉の左右差を単純に問題とする考え方には再検討が必要である可能性が示唆されています。
結論
本記事では、姿勢、構造、生体力学、マッスルインバランスと疼痛の関係について、PSBモデルの視点と研究エビデンスを整理しました。
PSBモデルは、姿勢の歪み、骨盤アライメント、筋肉のアンバランス、関節構造などから疼痛を説明する理論として広く用いられてきました。
また、交差性症候群のようなマッスルインバランスモデルも、この考え方と結びつきながら臨床に普及してきました。
しかし多くの研究では、姿勢や構造、筋肉の左右差と疼痛の間に一貫した関連は確認されていません。
これらの結果は、姿勢や構造のみで疼痛を説明する単純なモデルには限界がある可能性を示しています。
姿勢や構造は身体の特徴や運動パターンを理解するための重要な情報ですが、それだけで疼痛の原因を特定できるとは限りません。
そのため、動きやすさを改善するアプローチと、痛みを軽減するアプローチは分けて考える必要があります。
近年の疼痛科学では、疼痛は身体構造だけでなく、末梢神経からの入力や中枢神経の情報処理など複数の要因によって生成される現象と考えられています。
したがって、疼痛を理解するためには姿勢や構造だけに依存しない多角的な視点が重要になります。
参考
The corrective exercise trap
NICK TUMMINELLO、JASON SILVERNAIL、BEN CORMACK
※JASON SILVERNAIL 氏はDNM公式書籍の前書きを執筆している理学療法士 / 研究者。
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