筋肉の悪循環仮説は妥当なのか|痛みと筋緊張の関係を再検討する
臨床では「痛みの悪循環」という説明が頻繁に用いられます。
典型的には、痛みが筋緊張を高め、それが虚血や代謝産物の蓄積を生み、侵害受容器を刺激し、さらに痛みと筋緊張が強まる、という流れです。
この説明は直感的で分かりやすいため、患者様への説明や教育でも広く使われてきました。
しかし問題は、その出発点である「痛みが主動筋の筋緊張を高める」という前提が、実験研究や臨床研究で十分に支持されているのかという点です。
複数の研究をみると、この前提には強い疑義があります。
悪循環仮説が成立する条件|どの前提が問われているのか
悪循環仮説が成立するためには、少なくとも、痛みが主動筋の持続的活動を増やし、その活動が虚血や代謝的負荷を高め、侵害受容入力を増やして痛みを自己増強する、という流れが必要です。
ところが近年の研究は、少なくとも最初の前提、すなわち「痛みによって主動筋活動が増加する」という点に一貫して同意していません。
このため、臨床で当然視されてきた筋肉の悪循環仮説そのものを再検討する必要があります。
持続痛で主動筋緊張は高まるのか|トリガーポイント理論の再検討
トリガーポイント現象を批判的に検討した論文では、筋痛によって紡錘運動駆動が反射的に増えるという考えに十分な根拠がないことが示されています。
またこの論文では、持続的な筋骨格痛が主動筋の筋緊張上昇ではなく、むしろ低下と関連する可能性にも触れています。
この結果からは、「痛みがあるから筋は収縮し続ける」という発想そのものを見直す必要があります。
少なくとも、刺激された筋の張力変化を直ちに悪循環として理解するのは難しく、痛みによって主動筋出力が抑制される経路も考えなければなりません。
A critical evaluation of the trigger point phenomenon
John L. Quintner, et al.
痛み適応モデルが示したこと|主動筋低下と拮抗筋共収縮
別の論文では、痛みと運動活動の関係を整理するなかで、痛みが主動筋出力を低下させ、拮抗筋の活性をわずかに高めるという痛み適応モデルが示されています。
さらに、慢性疼痛で観察される機能障害の一部は異常そのものではなく、保護的な適応反応として理解できる可能性も論じられています。
ここで重要なのは、痛みが単純に筋を強く収縮させるのではなく、運動出力の配分や協調を変えるという視点です。
つまり、臨床でみられる動きのぎこちなさや硬さは、局所筋の持続収縮だけでなく、主動筋抑制と拮抗筋共収縮を含む運動戦略の変化として理解できます。
「…我々の結果は、「悪循環」モデルと、痛みと亢進がお互いを強化し合うという原理に基づく、他の類似したモデルは間違っていると確信した。
…痛みの存在下で、筋電図活動が通常よりも高く見える唯一の状況は、筋肉が拮抗筋として作用するときに発生する。」
The pain-adaptation model: a discussion of the relationship between chronic musculoskeletal pain and motor activity
James P. Lund, et al.
“硬さ”は何をみているのか|悪循環より説明力の高い視点
ここまでの研究を並べると、少なくとも、痛みは主動筋の緊張を一貫して増やすとは限らず、むしろ主動筋出力の低下や拮抗筋共収縮の増加として現れることがあると理解できます。
また、紡錘運動駆動や筋紡錘放電が反射的に増えるという説明も支持が弱く、「痛み→筋緊張亢進→虚血→痛み」という単純な連鎖モデルだけでは臨床を十分に説明できません。
臨床で観察される「硬さ」も、単純な主動筋の持続収縮ではなく、共収縮、運動戦略の変化、予測、警戒、触診の解釈などを含めて考えた方が自然です。
強刺激で“緩む”のはなぜか|その場の変化をどう考えるか
指圧や強刺激、太い鍼で「その場で緩む」「楽になる」といった変化は、臨床でよく経験されます。
しかしそれを、筋肉の悪循環が解けた、虚血が解除された、といった説明だけで理解しようとすると無理が出ます。
今回の研究群を踏まえると、痛み入力によって主動筋出力が下がること、筋活動パターンが変化すること、さらにDNICのような下行性疼痛抑制が加わることで、その場の変化はより自然に説明できます。
一方で、痛み刺激は逃避反射、警戒、末梢性感作や中枢性感作とも相性がよいとは言えず、短期的な変化が長期的な安定につながるとは限りません。
▶︎ DNICとは何か|条件刺激性疼痛調節(CPM)と下行性疼痛抑制系
結論|筋肉の悪循環仮説は再検討が必要である
ここまでの研究を踏まえると、「痛み→主動筋緊張↑→虚血→痛み」という筋肉の悪循環仮説は、その前提である主動筋緊張の増加自体が支持されにくいと考えられます。
むしろ、痛みが運動出力や協調を変化させるモデル、すなわち主動筋出力の低下や拮抗筋共収縮の増加として捉える見方の方が、研究結果と合います。
そのため慢性疼痛の臨床は、「局所の筋が悪い」という説明ではなく、神経系における痛み処理、運動制御、感作、脅威評価まで含めて再構成する必要があります。
最後に、臨床での意思決定は説明の分かりやすさではなく、説明の妥当性と再現性によって更新されるべきです。
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