はじめに|「痛み→筋緊張→虚血→痛み」の説明は妥当なのか
臨床では「痛みの悪循環」という説明が頻繁に用いられます。
典型的には次のモデルです。
→ 筋緊張(持続収縮)
→ 虚血
→ 代謝産物の蓄積
→ 侵害受容器刺激
→ さらに痛みと筋緊張が増える
この説明は直感的で分かりやすく、教育や説明にも使われてきました。
しかし問題は、ここで仮定されている 「痛みは主動筋の筋緊張(トーヌス)を増加させる」 が、実験・臨床研究で支持されているかです。
結論から言えば、複数の研究はこの前提に強い疑義を示しています。
悪循環仮説の前提はどこにあるのか
悪循環仮説が成立するためには、少なくとも以下が必要です。
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痛みが主動筋の持続的活動(緊張)を増やす
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その活動が虚血や代謝的負荷を増やす
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それが侵害受容入力を増やし、痛みを自己増強する
ところが近年の研究は、少なくとも 1(主動筋活動の増加) に一貫して同意していません。
論文①|持続痛は主動筋緊張を増やすとは限らない
トリガーポイント現象の批判的検討では、筋痛によって紡錘運動駆動が反射的に増えるという根拠が乏しいことが示唆されています。
「ヒトの筋痛誘発の最近の研究では、紡錘運動駆動と紡錘体放電の反射的な増加の証拠を提供していなかった。
実際、持続的な筋骨格痛は、主動筋の筋緊張低下と関連している。
つまり、指圧や痛みを誘発する他の刺激は、刺激された筋肉の緊張を低下させるだろう。」
A critical evaluation of the trigger point phenomenon
John L. Quintner, Geoffrey M. Bove and Milton L. Cohen
ここで重要なのは、「持続痛=主動筋緊張↑」ではなく、むしろ低下と関連しうるという点です。
悪循環仮説の「核」が揺らぎます。
研究②|痛み適応モデル:主動筋↓拮抗筋↑は“保護的適応”かもしれない
痛みと運動出力の関係を整理した「pain-adaptation model」では、痛みが運動を変える方向性として
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主動筋の出力低下
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拮抗筋の共収縮増加
が示唆され、また「慢性疼痛で見られる機能障害は原因ではなく結果である」可能性が議論されています。
「…これらの条件では、筋自体から生じていなくても、主動筋の活動が痛みによってしばしば減少することが明らかであるように思われる。一方、痛みは拮抗筋の活性レベルをわずかに上昇させる。
…いくつかのタイプの慢性的な筋骨格性疼痛に特徴的な「機能障害」は、正常な保護適応であり、痛みの原因ではないことを示唆している。
…我々の結果は、「悪循環」モデルと、痛みと亢進がお互いを強化し合うという原理に基づく、他の類似したモデルは間違っていると確信した。
…痛みの存在下で、筋電図活動が通常よりも高く見える唯一の状況は、筋肉が拮抗筋として作用するときに発生する。」
The pain-adaptation model: a discussion of the relationship between chronic musculoskeletal pain and motor activity JAMES P. LUND AND REVERS DONGA
ここでの臨床的含意は大きいです。
「筋が硬いから痛い」ではなく、「痛いから運動出力と協調が変わる」 という見方に軸足が移ります。
研究③|筋紡錘入力は“増える”とは限らない(痛みと相関しない)
悪循環仮説では、痛みが紡錘運動駆動を高め、結果として筋緊張が増す、という想定が入りがちです。
しかし、実験痛で筋紡錘の放電が増えない(むしろ減少)という結果が報告されています。
「筋肉の痛みの間、求心性神経は放電活動を増加させなかった。
平均して、筋肉の痛みでは全体の放電率は6.1%減少したが、皮膚の痛みでは実質的に変わらなかった。
主観的な痛みのレベルと、筋紡錘の放電率の小さな変化との間には検出可能な相関関係はなかった。
我々は「悪循環」仮説に反して、筋肉または皮膚侵害受容器の急性的な活性化は、人間の紡錘運動駆動の反射増加を引き起こさないと結論付ける。」
The effects of experimental muscle and skin pain on the static stretch sensitivity of human muscle spindles in relaxed leg muscles Ingvars Birznieks, Alexander R. Burton and Vaughan G. Macefield
研究④|持続痛でも紡錘運動駆動は増えない
同様に、持続的な筋痛でも紡錘運動駆動が増えないという報告があります。
「…侵害受容器による紡錘運動駆動の増加が、筋肉痛と慢性筋肉痛の発症に関与しているという概念を支持するものではない。」
Tonic muscle pain does not increase fusimotor drive to human leg muscles:
implications for chronic muscle pain
Azharuddin Fazalbhoy, Vaughan G. G. Macefield and Ingvars Birznieks
ここまでの整理|“悪循環”より説明力が高い見方
複数研究を並べると、少なくとも次が言えます。
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痛みは主動筋の緊張を一貫して増やすとは限らない
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主動筋出力は低下し、拮抗筋共収縮が増えることがある
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紡錘運動駆動や紡錘放電は増加しない(減少・無変化)という結果がある
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したがって「痛み→筋緊張亢進→虚血→痛み」の単純モデルは、説明力が弱い
臨床で観察される「硬さ」も、単純な“主動筋の持続収縮”以外の要素(共収縮、運動戦略、脳内予測、警戒、触診の解釈など)で説明した方が整合する場面があります。
臨床的含意|強刺激で“緩む”のはなぜ起きるのか
指圧や強刺激、太い鍼で「その場で緩む」「楽になる」現象は臨床で頻繁に見られます。
これを、筋の悪循環仮説(虚血が解けた等)だけで説明しようとすると無理が出ます。
一方、今回の研究群の視点では
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痛み入力により主動筋出力が下がりうる
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痛み刺激が筋活動を変化させうる
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さらにDNICなど下行性疼痛抑制が絡むと全身的に“楽”になりうる
という説明が成立します。
ただし、痛み刺激は同時に
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逃避反射
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警戒(脅威評価)
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感作(末梢・中枢)
とも相性が悪く、短期的変化が長期安定につながるとは限りません。
結論|筋肉の悪循環仮説は「臨床の常識」だが、エビデンス的には弱い
ここまでの研究を踏まえると、少なくとも次の結論が妥当です。
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「痛み→主動筋緊張↑→虚血→痛み」という筋肉の悪循環仮説は、前提(主動筋緊張↑)が支持されにくい
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痛みが運動出力や協調を変化させるモデル(pain-adaptation model 等)の方が整合しやすい
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紡錘運動駆動や筋紡錘放電が痛みで反射的に増える、という説明は支持されない研究がある
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強刺激による“その場の変化”は、DNICや痛み適応による運動出力変化で説明できる余地がある
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慢性疼痛の臨床は「局所の筋」ではなく、神経系(痛み処理・運動制御・感作・脅威評価)を中心に再構成すべき
最後に、臨床での意思決定は「説明の分かりやすさ」ではなく、説明の妥当性(再現性・整合性)で更新される必要があります。

