筋膜と皮膚には摩擦がないので斜めの力は無駄。
徒手による力はどこまで皮膚と筋膜に届いているのか気になりませんか?
もちろん垂直に押せば、皮膚や筋膜に力は届きます。
しかし、
「筋膜をはがすように」
「高密度化した筋膜を炎症させる」
「筋肉の線維に沿ってほぐす」
とよく言われています。
しかし、本当に皮膚より下の細胞外マトリックス領域に、斜めの外力が及んでいるのか気になりませんか?
◆摩擦
ここで大事なのは「摩擦」。
皮膚と筋膜に摩擦がなく、滑るようであれば斜めの力は届きません。
逆に皮膚と筋膜間に摩擦があれば、奥の方の筋膜にも力が及びます。
そもそも皮下脂肪や浅筋膜や真皮層は、熱の保温のためというのもありますが、外力からの保護・緩衝という要素があります。
この摩擦の話ですが、奥にある筋肉も同じですし、関節モビライゼーションなどで椎骨を動かそうとするときも摩擦がないと、皮膚にテンションがかかるだけとなってしまいます。
◆胸背部の皮膚と筋膜の摩擦を調べた研究
実際の被験者へ、胸背部の皮膚と筋膜の摩擦を調べた研究があります。
椎骨を動かそうとする斜めの外力は、実際どうなのかというものです。
まずは実験の方法です。
「胸部の皮膚と筋膜の接触面での摩擦を評価して、胸部への徒手療法中の潜在的な反力ベクトルを決定する。
胸部マニピュレーション中に、皮膚へ垂直に適用される方向に加えて、特定の方向に力ベクトルを脊椎組織に適用しようと試みてきました。
斜めに加えられた力が、下にある椎骨に直接伝達されるためには、皮膚と筋膜の界面に摩擦が必要であるか、加えられた力が骨突起に「引っかかる」必要がある。
被験者は、胸部の皮膚が露出した状態で腹臥位に置かれた。胸部の背面領域に、125.3〜392.9 Nの垂直力が負荷された。※重さに例えると1ニュートン=約0.102kg。なので12.5kg~39kg。
負荷と皮膚との接触面は、プレキシガラスプレートまたはモデル化した手(本当の手に似せたもの)だった。次に、いずれかの装置に頭側方向への力を加えた。
加えられた力と一致する変位は、それぞれロードセル(力を検出するセンサー)と光電子カメラシステムを使用して測定された。
ロードセルを装備した透明なプレキシガラスプレート(40×40 1 cm3)を、脊柱後湾部のトップにある胸背部の皮膚上に置いた。
高解像度変位追跡システム(Optotrak、Northern Digital、Waterloo、Canada)のマーカーとして機能する赤外線放射ダイオード( infrared emittingdiode ・IRED)をこのクロスメンバーの上に配置し、3軸すべての変位を測定した
カイロプラクターは実際の胸部マニピュレーションを行い、基礎となる椎骨の接触位置(棘突起/横突起)を維持できるかどうかを判断した。」
◆研究の結果
「胸部皮膚とその下の筋膜との間の無視できる程度の摩擦を示した。
さらに、それぞれの場合において、装置は、力-変位曲線の勾配の急激な変化を示すことなく、2つの横突起または棘突起の間の距離よりも長い距離を移動した。
胸部マニピュレーションを行うカイロプラクターの手は、動的な推力の間、同じ距離を移動した。
マニピュレーティブ・スラスト中に胸部の横突起または棘突起を上下方向に「引っかける」能力が大幅に過大評価される可能性があることを示している。
棘突起または横突起に「引っかかった」という証拠はなかった。
徒手療法家は、すべての皮膚のたるみが取り除かれたときに摩擦があると感じるかもしれない。
しかし、私たちのデータは、この認識は、皮膚とその下にある椎骨との間の摩擦のように、単純に硬く張り詰めたように見えるだけの皮膚を生み出していることを示唆している。
…皮膚と筋膜の接触面の摩擦のない性質のためにそれらを達成できないことを示しています。
これは、胸部マニピュレーション中に斜めの力を加える努力が、無駄な努力であることを示唆している。
The frictional properties at the thoracic skin–fascia interface: implications in spine manipulation
◆まとめ
つまり、このような結果です。
▷皮膚と筋膜にはほぼ摩擦がない。
▷徒手で椎骨を引っかけられたという証拠がない。皮膚層で滑っている。
▷皮膚のたるみを無くしても摩擦は変わらない。
◆考察
これらのことから、摩擦がなくて滑ってしまうため、
▶筋線維に沿ってほぐすという事は意味がない。
→筋肉は押すことができるだけ。内臓マニピュレーションも同じ。
▶棘突起や横突起を手でスラストするというのも疑わしい。
→そもそもカイロの亜脱臼/サブラクセーションは明確ではない。
外力による筋膜への影響は?
摩擦がなく滑ってしまうので、
▶筋膜には斜め方向の力で影響を大きく及ぼせない。
という事もわかります。
もちろんスキンストレッチをすれば、真皮層や浅筋膜層はスライドしてテンションはかかりますし、深筋膜やそのあたりの疎性結合組織にも少しはテンションがかかるとは思います。
しかし、この研究から、皮膚と筋膜間の摩擦がほぼないため、浅筋膜より深層にあり、高密度化してしまった疎性結合組織に炎症を起こすような力を及ぼせる可能性はかなり低いと考えられます。
単純に「皮膚層に炎症を起こすだけ」というのがサイエンスから見た答えです。
もちろん、関節運動を行うような動きをすれば、深筋膜は伸び縮みし、滑走します。しかし、痛みが出るような大きな外からの力は不必要です。
痛み刺激を与えれば内因性オピオイドの影響により、一時的な鎮痛「DNIC」は起こります。ですので効果は出る場合があります。ただし、刺激の強いアプローチは、痛みに敏感な慢性痛の方、入院中のお年寄りなどには使えないのが現実です。
そして、心地よい優しい刺激でもオピオイド含め、様々な鎮痛に関与している神経伝達物質は出ます。
であれば、摩擦で滑ってしまい奥まで斜めの力が伝わらず、「ただ皮膚層を炎症させてしまうような刺激はいらない」ということが分かるかと思います。