ゲートコントロール理論
ゲートコントロール理論とは、メルザックとウォールが1965年に発表した疼痛理論です。
どこか痛む部位があるときに、触れることで何故痛みが減るのか?ということを説明しようとした仮説理論です。
その説では、侵害受容性の細いC線維やAδ線維による信号は、脊髄後角にあるSG細胞とT細胞に送られ中枢へと行きます。触覚に反応する太いAβ神経線維による信号は、T細胞の興奮を下げて中枢へのゲートが閉められる。と言っていました。
しかしその後、中枢神経からの下行性調整や末梢神経終末でのオピオイド取り込みなどが鎮痛に大きく寄与していることがわかってきました。
末梢神経や中枢神経だけではなく、脊髄の後角でも痛みが抑制されたり促進されたりするという、大きな概念の発見の役には立ったと考えられます。
Pain mechanisms: a new theory. Melzack R, et al. Science. 1965.
後根神経節のGABA産生
最近の研究で、このようなことが分かってきました。
脊髄の後根神経節で、侵害受容性信号を調整する機能があるという研究です。ゲートコントロール理論の代わりに説明できる理論です。
「末梢神経には、
これらのゲートを介して脳に入る信号を上下にダイヤルする能力が ある」 「脊髄の後根神経節(DRG)の侵害受容性神経細胞が、GABA(抑制性の神経伝達物質)
を生み出し、それを末梢神経の末端から放出することが実証された」 「末梢感覚神経から中枢神経(CNS)への疼痛関連信号の伝達を調節することができる」
「DRGにおけるGABAシステムの刺激は、慢性の神経因性疼痛および炎症性疼痛を軽減する」
Local GABAergic signaling within sensory ganglia controls
peripheral nociceptive transmission.Du X, et al. J Clin Invest. 2017.
ニューロマトリックス理論
その後、ゲートコントロール説を提唱したメルザックは、35年後の1990年に「ニューロマトリックス理論」を発表しました。
この理論は、疼痛とは、身体からの感覚情報などのインプットと、脳内の過去の記憶や予測や感情が混じり合って生じる、脳からのアウトプットだということを明確にしました。
最新の疼痛理論
痛みは、脳の中で生み出されていて、組織的な損傷が癒えていても痛みを感じてしまう事があるということです。
つまり、痛みと侵害受容を分けて考えた方が良いということです。
ある刺激が入力されると、過去の経験と照らし合わせます。そしてその刺激は、どのような結果を引き起こすのかを予測します。
どこの部位に、どのような感覚が生じるのかを識別し、様々な神経伝達物質を放出させ、身体が反応します。
最終的に痛みを感じたり、どういう刺激だったのかを評価したりして、それに対して感情を抱きます。
そして無意識的、意識的な行動を起こして対処しようとします。
神経サイン
このような、脳神経の回路パターンが繰り返し発火すると、ちょっとした入力刺激にも過剰な症状が出るようになります。
このような自己の感覚として感じるパターンのことを、「神経サイン/ニューロタグ」と言います。
この神経サインを変える事が、慢性痛にとって大切な事です。
痛みは本来、それ以上身体を痛めたり、疾患を予防するための感覚です。
しかし慢性的な痛みは、損傷や疾患を予防するための警告ではなくなっています。
まずは過去の記憶への認識を変え、それに伴う情動を冷静に見据えること。
そして行動や反応パターンを変化させていく事が重要です。
慢性的な疼痛は一次感覚野を変化させ、脳内ボディマップが変わり、モーターコントロールに影響を与えます。
疼痛があれば、可動域や動きも変わってしまいます。
痛みの目的とは、どれだけ痛みがあるのかという指標を示すというより、行動を促すためにあります。
有害な刺激から逃れ、損傷を増やす動きを避けて、他人からのケアや助けを求める行動を促すのが、痛みの目的なのです。
慢性痛のように、常に痛みを出力していると、脊髄の引き込み反射が無意識的に働き、筋肉の持続的な緊張につながります。
それは痛みの目的が行動を促すということに関係しているからこそ起こってしまうのです。
疼痛とは、身体からのインプット・ボトムアップではなく、脳からのアウトプット・トップダウンです。
そして、侵害受容信号は警戒するべきだという身体から脳へのインプットであり、ボトムアップです。
バイオサイコソーシャル的な見方も必要です。バイオ=身体、サイコ=心理、ソーシャル=社会的という意味です。
筋緊張を減らしたり、姿勢や構造だけにアプローチしても疼痛が変わらない場合があります。
そのために神経系と患者の心理的ストレス、家庭や社会環境も広く見据えることが必要です。