内省の錯覚とは何か|セラピストは自分の思考を本当に理解しているのか

クリティカルシンキング
目次

内省の錯覚とは何か

人は、自分の思考や判断の理由を理解していると感じやすいものです。

「なぜその判断をしたのか」

「なぜその方法を選んだのか」

と問われると、多くの人は理由を説明することができます。

しかし心理学研究では、人が説明する理由が必ずしも実際の判断プロセスを反映しているとは限らないことが示されています。

この現象は、内省の錯覚と呼ばれます。

内省の錯覚とは、人が自分の思考プロセスを正確に理解していると感じやすい一方で、実際にはその理解が不完全である可能性を示す心理現象です。

なぜ人はもっともらしい説明を作るのか

人の意思決定は、常に意識的な推論だけで行われているわけではありません。

過去の経験、文脈、感情、期待といった要因は、判断に影響します。
しかし人は、その影響のすべてを自覚しているわけではありません。

そのため人は判断の理由を説明する際、実際の思考プロセスそのものではなく、後からもっともらしい説明を構築することがあります。

臨床で説得力を持ちやすい説明が、そのまま妥当な説明であるとは限りません。
この点は、徒手療法の理論を扱ううえで非常に重要です。

▶︎ 徒手療法における臨床推論ともっともらしい説明の違い

臨床では何が観察できて、何が観察できないのか

徒手療法の臨床でも、この問題は重要です。

施術後に症状が軽減した場合、セラピストはその理由を説明します。
その際に「筋肉を緩めた」「関節を整えた」「血流を改善した」といった表現が用いられることがあります。

しかし臨床で直接観察されるのは、症状が変化したという現象です。
その原因として語られる説明は、現象を理解するための説明モデルであって、現象そのものではありません。

しかも臨床では、身体内部で起きている生理学的プロセスのすべてを直接観察できるわけではありません。
この点を踏まえると、観察された変化と、その変化の説明を分けて考えることが重要になります。

▶︎ 身体を神経系から理解する

なぜ臨床家ほど確信しやすいのか

臨床家では、内省の錯覚がより強くなることがあります。

その理由の一つは経験です。
臨床では、ある説明や介入によって症状が改善した経験が強く記憶に残ります。

このような経験は非常に説得力を持つため、その説明モデルが正しいと感じやすくなります。
しかし実際には、自然経過、期待、文脈、関係性、神経系の適応など、複数の要因が同時に関与している可能性があります。

経験は重要ですが、それだけで因果関係を確定することはできません。
むしろ経験が豊富になるほど、説明への確信も強くなりやすいからこそ注意が必要です。

▶︎ コンテクストとは何か

他人のバイアスは見えても、自分のバイアスは見えにくい

人は、他人の思考の偏りには気づきやすい一方で、自分の思考の偏りには気づきにくい傾向があります。

そのため臨床では、自分は合理的に判断している、自分の説明は現象を正しく捉えている、と感じやすくなります。

しかし実際には、セラピスト自身の経験、信念、理論への好み、過去の成功体験も解釈に影響している可能性があります。
この点を見落とすと、現象を見ているつもりで、自分の説明モデルを見ている状態になりやすくなります。

臨床でどう扱うべきか

内省の錯覚が示しているのは、人間の判断には限界があるという事実です。

そのため臨床では、自分の仮説が唯一の説明なのか、それとも別の可能性が存在するのかを常に問い直す姿勢が重要になります。

大切なのは、現象を見たあとに説明を与えることと、その説明を事実そのものと混同しないことです。
臨床推論では、観察された反応をもとに仮説を更新していくことが重要であり、最初の説明モデルに固着しないことが求められます。

理論を採用すること自体が問題なのではありません。
問題になるのは、理論を検討の対象ではなく、最終的な事実として扱ってしまうことです。

▶︎ 徒手療法理論の5つの妥当性

▶︎ クリティカルシンキングとは何か

結論

内省の錯覚とは、人が自分の思考や判断の理由を正確に理解していると感じやすい心理現象です。

しかし多くの判断は無意識的な情報処理の影響を受けており、人が説明する理由は必ずしも実際の意思決定プロセスを反映しているとは限りません。

徒手療法の臨床でも、私たちが直接観察できるのは変化したという現象であり、その原因の説明はあくまで仮説です。
だからこそ、説明モデルを絶対化するのではなく、観察された反応をもとに仮説を更新していく姿勢が重要になります。

私たちは本当に現象を見ているのでしょうか。
それとも、自分の説明モデルを見ているのでしょうか。


関連コラム

▶︎ クリティカルシンキングとは何か

▶︎ 徒手療法における臨床推論ともっともらしい説明の違い

▶︎ 徒手療法理論の5つの妥当性

▶︎ ペインサイエンスとは何か

▶︎ 身体を神経系から理解する

神経科学の理解を深める|DNM JAPAN 理論3つの軸

DNM JAPANでは、ペインサイエンス、末梢神経の構造と機能、そして臨床家に必要なクリティカルシンキングを、神経科学の視点から整理しています。

クリティカルシンキング

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

  • URLをコピーしました!
目次