徒手療法理論を妥当性で評価する
徒手療法にはさまざまな理論があります。
代表的なものとして、骨盤の歪み、関節のズレ、筋膜の癒着、筋バランスや姿勢異常などが挙げられます。
しかし重要なのは、どの理論がわかりやすいかではありません。
重要なのは、その理論がどれだけ妥当かです。
科学哲学では、理論の価値は説明の魅力ではなく、妥当性によって評価されます。
徒手療法理論を検討するうえでも、この視点が欠かせません。
とくに重要になるのは、
・生物学的妥当性
・構成概念妥当性
・基準関連妥当性
・内容妥当性
・表面的妥当性
という五つの視点です。
これらを用いることで、徒手療法理論が身体の仕組み、既存の科学知識、研究結果、臨床現象に対してどこまで妥当かを評価できます。
生物学的妥当性|身体の仕組みに照らして妥当か
生物学的妥当性とは、その理論が解剖学や生理学からみて成立するかを問う視点です。
人体の関節は、靭帯、関節包、筋、結合組織などによって安定化されています。
そのため、手で簡単に骨をズラせる、筋膜を手で剥がせるといった説明は、身体の仕組みに照らして本当に妥当なのかを厳密に問う必要があります。
さらに慢性疼痛は、構造だけでは説明できません。
末梢神経の状態と入力、脊髄レベルでの調節、中枢神経での情報処理など、神経系の働きを含めて考える必要があります。
痛みを構造だけで説明する理論は、この時点で生物学的妥当性が弱くなります。
構成概念妥当性|科学的な痛み理解に照らして妥当か
構成概念妥当性とは、その理論が既存の科学概念に照らして妥当かを問う視点です。
ペインサイエンスでは、侵害受容と痛みは同一ではなく、痛みは神経系が生成する経験であり、多因子的に成立すると考えます。
この理解に立てば、骨や関節の位置異常がそのまま痛みを生む、筋の硬さが直接症状の原因になるといった単純な説明には無理があります。
徒手療法の理論は、神経科学、生理学、疼痛科学で示されてきた理解に反しないことが必要です。
理論の言葉だけが魅力的でも、基礎科学の理解から外れていれば、その理論の構成概念の妥当性は低くなります。
基準関連妥当性|研究結果に照らして妥当か
基準関連妥当性とは、その理論が予測する内容と研究結果が一致するかをみる視点です。
近年の研究では、画像所見と症状は関連性が低いことが多いと言われています。
構造変化があっても無症状の人は多く、逆に強い症状があっても明確な構造異常がみつからないこともあります。
この事実は、痛みを単純な構造異常だけで説明する理論の、基準関連妥当性が低いことを示しています。
理論はもっともらしく語れることではなく、研究結果に照らして支えられることが必要です。
内容妥当性|臨床で起きる現象を十分に説明できるか
内容妥当性とは、その理論が現実の臨床現象をどこまで広く説明できるかを問う視点です。
慢性疼痛には、末梢神経の状態と入力、中枢性感作、情動、注意、予測、生活背景など、複数の要素が関与します。
そのため、単一の構造異常だけで痛みを説明する理論では、臨床でみられる多様な変動や個人差を十分に説明できません。
説明できる範囲が狭い理論は、内容妥当性が低いと考えられます。
表面的妥当性|もっともらしさと妥当性を区別する
表面的妥当性とは、その説明が直感的にもっともらしく見えるかという特徴です。
骨がズレている、筋肉が硬い、筋膜が癒着しているという説明は、イメージしやすく、患者様にも伝わりやすい特徴があります。
しかし、わかりやすいことと、妥当であることは同じではありません。
科学哲学では、この種の説明は plausible story、つまりもっともらしい説明物語になりやすいと考えます。
徒手療法のあとに症状が変化しても、その背景には自然経過、期待、文脈、注意の変化、神経系の反応など、複数の要因が関わります。
そこで単一の原因に回収すると、表面的には納得しやすくても、理論の妥当性は高くなりません。
結論
徒手療法理論を評価するうえで重要なのは、説明のわかりやすさではなく妥当性です。
評価すべき視点は、生物学的妥当性、構成概念妥当性、基準関連妥当性、内容妥当性、表面的妥当性の五つです。
また、徒手療法で語られる理論の多くは、証明済みの事実ではなく、臨床判断のための推論モデルとして機能しています。
そのため臨床家には、もっともらしい説明物語をそのまま受け入れるのではなく、どの理論がより妥当かを批判的に評価する態度が求められます。
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