交差性症候群やマッスルインバランスは痛みの原因とは限らない。
一般的に「悪い」姿勢は、痛みの原因になると言われています。
姿勢を「正しく」する、身体の「歪み」を無くすなどポピュラーな概念ですが、ペインサイエンスを重視したセラピストからは「否定」されています。
そして数多くの「エビデンス」も存在します。
交差性症候群
マッスルインバランスとは?
マッスルインバランスとは筋肉の不均衡という意味で、ヤンダアプローチなどで有名な考え方です。
筋肉のアンバランスにより、肩こりや首の痛み、腰痛などが生みだされてしまうという理論です。
交差性症候群とは、身体の前側と後ろ側で生じる筋肉の不均衡によって、痛みなどの問題が出てくるという概念です。
頭部前方突出姿勢や骨盤の傾きなどを評価して、短縮した筋をストレッチしたり、緩めて、働きが弱まっている筋を鍛えたりする、「姿勢や構造へのアプローチ」です。
姿勢や構造は痛みの原因ではない。
しかし、サイエンスから見ると、「姿勢や構造と痛みほぼ関係がない。」ということが分かっています。
下記をご覧ください。
◆研究1
頭部や肩の姿勢が痛みの原因であるというエビデンスがない。
「2005年、ある研究で、肩のインピンジメントの問題と関連しているかどうかを調べるために、肩の前方突出姿勢と頭部前方突出姿勢の両方が調べられた。
研究者らは、痛みのある人とない人で、頭部と肩の位置に差がないことを見出した。
そして姿勢または筋肉の不均衡(マッスルインバランス)が痛みの原因である、もしくは肩のインピンジメントに関連すると支持するエビデンスを見つけられなかった。」
Subacromial impingement syndrome: The role of posture and muscle imbalance. Lewis, JS, Green, A, and Wright, C.
「1995年の同様の研究では、姿勢が肩のオーバーユースによる損傷に関係しているかどうかが調べられたが、やはり研究者らは健康なグループと損傷をしたグループとの間に有意差は見つけられなかった。
肩甲骨の外転、回旋、胸椎中央部の湾曲を調べても、2つのグループの間に有意差は見られなかった。
研究者らは、肩の負傷に対する姿勢の影響は決定的ではないと結論付けた。
Posture in patients with shoulder overuse injuries and healthy individuals. Greenfield, B, et al.
「胸椎の姿勢が、肩の痛みや可動域および機能と確実に関連しているかどうかを検討する2016年のシステマチックレビューでは、安静時の胸椎の姿勢は、肩の痛みの有無にかかわらず同じであることがわかった。
そして直立時の胸椎の姿勢において、胸椎後弯の増加は、肩の痛みの主な原因ではない可能性がある。」
Is thoracic spine posture associated with shoulder pain, range of motion, and function? A systematic review. Barrett, E, O’Keeffe, M, O’Sullivan, K, Lewis, J, and McCreesh, K.
「別の研究では、頸椎の湾曲と頸部痛との関連性が調べられた。 この研究のために、被験者は2つのグループに分けられた。
研究者らは、脊椎の全体的な湾曲と分節の角度を調べ、それらを頸部の痛みと関連づけた。
頸部痛を患っている人の平均的な分節角度は6.5度であり、そうでない人の場合は6.3度であった。
全体的な湾曲または分節角度に対する疼痛の臨床的特徴の間に相関は見られなかった。」
The association between cervical spine curvature and neck pain. Grob, D, Frauenfelder, H, and Mannion, AF.
上記のことから、頭部や肩、胸椎の姿勢と痛みとの関連性がほぼないということが分かります。
◆姿勢や構造を「修正」しようとするアプローチ?
そして、そもそも姿勢や構造を「修正」しようとするアプローチで、本当にそれらが変化するのかという疑問に対する研究もあります。
「肩の運動に対するストレッチングと強化アプローチは、Wangらによってテストされた特定のパラメータに影響を及ぼしたが、安静時の肩甲骨の位置もしくは姿勢は変更されないままだった。」
Stretching and strengthening exercises: Their effect on three-dimensional scapular kinematics. Wang, CH, McClure, P, Pratt, NE, and Nobilini.
「姿勢調整のためのレジスタンス(抵抗)運動のレビューで、HrysomallisとGoodmanは、エクササイズが姿勢偏位の変化につながるという概念を裏付ける客観的なデータは存在せず、日常生活の活動を差し引くには不十分な期間と頻度であると考えている。」
A review of resistance exercise and posture realignment. Hrysomallis, C, and Goodman, C.
股関節屈筋の硬さによって骨盤前傾になり、腰痛になると言われていますが果たして本当でしょうか?
「Heinoらによって調べられた。彼らは股関節伸展の可動域と姿勢アライメントの3つの臨床パラメータを調べた。これらは、立位での骨盤傾き、立位での腰椎前弯、そして腹筋のパフォーマンスだった。
彼らの結論は、これら3つのパラメータと姿勢のアラインメント間における仮説の相関関係は、提案された要因が無関係であるため、再評価する必要があるというものだった。」
Relationship between hip extension range of motion and postural alignment. Heino, JG, et al.
腰痛と脊柱彎曲や骨盤傾斜も関係がない
そして下部交差性症候群、つまり腰痛と脊柱彎曲や骨盤傾斜も関係がないと言われています。
「Murrieらは、腰椎前弯の角度と腰痛の間の相関関係を調べた。 彼らは、腰痛の女性とそうでない女性の前弯角度に差がないことを見出した。」
Study of patients with and without low back pain.Murrie, VL, et al. Lumbar lordosis.
「Nourbakhashらは、筋力低下と耐久力と腰痛との関連を見いだしたが、腰痛と腰椎前弯、骨盤傾斜、腹筋の長さとを関連づけるものは見当たらなかった。」
Nourbakhsh, MR, and Arab, AM. Relationship between mechanical factors and incidence of low back pain.
「Christensenらによる矢状面の脊椎湾曲と健康についてのシステマチックレビューで、選択基準を満たした54の研究を調べた。彼らは、脊椎湾曲と脊椎の疼痛を含む健康との間の関連についての強い証拠を見いださなかった。」
Spinal curves and health: a systematic critical review of the epidemiological literature dealing with associations between sagittal spinal curves and health.Christensen, ST, and Hartvigsen, J.
「腰痛のある人とない人の腰部骨盤の運動学を比較するシステマチックレビューとメタアナリシスを行った。
腰痛を患っている人は、腰椎可動域が狭く動きが遅いが、腰椎前弯角度や骨盤傾斜角に有意差は見られなかった。」
Comparing lumbo-pelvic kinematics in people with and without back pain: a systematic review and meta-analysis. Laird, RA, Gilbert, J, Kent, P, and Keating, JL.
◆骨盤のニュートラルポジションと痛み
次はニュートラルなポジションと言われている人は9~18%だけで、殆どは骨盤前傾であったという研究です。そしてもちろん痛みの原因ではありません。
「ヘリントンは無症状グループの骨盤前傾を研究したところ、男性の85%および女性の75%が骨盤前傾を示したことを見出した。
この研究では、男性の9%と女性の18%だけがニュートラルな骨盤の位置だった。 」
Assessment of the degree of pelvic tilt within a normal asymptomatic population. Herrington, L.
◆筋肉の左右差と痛み
筋肉の断面積の左右差も痛みの原因にはなりません。
「例えば、オーストラリアのフットボールリーグ選手は、蹴っている脚と比べて、反対側の腰方形筋が大きかったのに対し、同側の腰筋の断面積がかなり大きいことが示されている。」
Psoas and quadratus lumborum muscle asymmetry among elite Australian Football League players. Hides, J, Fan, T, Stanton, W, Stanton, P, McMahon, K, and Wilson, S.
「さらに、背部痛に苦しんでいるクリケット選手は、実際には、非対称的な筋肉の機能を示した人よりも対称的な筋肉の機能を持っていた。」
Symmetry, not asymmetry, of abdominal muscle morphology is associated with low back pain in cricket fast bowlers. Gray, J, Aginsky, KD, Derman, W, Vaughan, CL, et al.
◆まとめ
これらのことから、このようなことが分かってきます。
・マッスルインバランスは痛みの原因ではない。
・頭部前方突出姿勢、胸椎や腰椎の湾曲、骨盤の傾斜は痛みの原因ではない。
・姿勢を変えようとするアプローチは一時的であり、日常生活を見直さなければいけない。
・筋肉の左右差も痛みの原因ではない。
今回のコラムは、下記の資料を参考にしております。
その著者の一人であるJASON SILVERNAIL氏は、DNMブックの前書きを書いている先生でもあります。
参考:The corrective exercise trap
NICK TUMMINELLO, JASON SILVERNAIL, BEN CORMACK.
◆考察
サイエンスから見ることで、今まで行ってきた余計な概念を無くす必要があります。
特に整形外科リハビリテーションに多い、解剖学的な問題・組織の問題と徒手や運動で修正して痛みをなくすという理論があります。
もちろん急性痛などではいいと思います。しかし慢性疼痛になるとこの概念はあまり役に立たないというのが、最新のサイエンスやエビデンスから言われています。
つまり、組織ベースの疼痛モデルから、神経生理学や神経解剖学的な神経系ベースの疼痛モデルへと、パラダイムシフトを起こす必要があります。