筋筋膜性疼痛症候群(MPS)とトリガーポイント理論の再検討
徒手療法領域には、多様な理論と臨床概念が存在する。その中には、長年にわたり臨床現象の理論説明フレームワークとして用いられてきたものも少なくない。
しかし、現象の存在と、その原因仮説の妥当性は区別して検討される必要がある。
筋筋膜性疼痛症候群(MPS)およびトリガーポイント理論は、圧痛点や関連痛といった臨床現象を説明する代表的なモデルである。
一方で、それらを筋肉や筋膜の慢性炎症・局所病変として理解する仮説については、組織学的および神経生理学的観点から再評価の余地がある。
本稿では、特定の療法を否定することを目的とせず、神経科学および疼痛科学の知見に基づき、MPSおよびトリガーポイント現象をどのように説明できるかを検討する。
筋筋膜性疼痛症候群という診断は説明になっているのか
筋筋膜性疼痛症候群(MPS)は、筋内のトリガーポイントが疼痛や関連痛を引き起こすという仮説に基づく概念である。
圧痛点、索状硬結、関連痛という現象は確かに臨床で観察される。
しかし、画像所見や明確な神経学的異常が確認されない症例に対し、MPSという診断が与えられる場合、それは原因説明というよりも現象の分類にとどまる可能性がある。
症候群という語は、病態機序が確定していない状態を指す。
したがって、MPSという診断名そのものは、必ずしも病理学的説明を意味しない。
慢性期に筋肉・筋膜の炎症が持続する生理学的根拠
MPSを筋肉や筋膜の慢性炎症として理解するためには、
・炎症の持続
・組織学的変化の確認
・慢性炎症を支持する生理学的指標
が必要となる。
しかし、慢性筋痛において筋肉や筋膜の炎症が長期持続していることを示す一貫した証拠は限定的である。
急性損傷は明確に存在するが、慢性期において同様の炎症反応が持続しているという仮説は、現在の炎症生理学と必ずしも整合しない。
慢性疼痛研究では、むしろ
・末梢神経感作
・中枢感作
・下行性抑制系の機能低下
が主要な変化として報告されている。
なお、結合組織や筋膜リリース仮説については、別稿で検討している。
解剖学的実体の検証
「トリガーポイントの筋生検試験もまた、筋肉の炎症または損傷の点では大きな価値がない。」
Referred pain of peripheral nerve origin: an alternative to the "myofascial pain" construct.
Quintner JL et al.
筋生検において、トリガーポイントに特異的な病理所見は確認されていない。
これは、筋内に独立した慢性病変が存在するという仮説に対する重要な検討材料となる。
さらに、
「索上硬結および筋攣縮は一般的であり、3つの診断グループすべてに等しく認められた。」
Wolfe F et al. 1992.
索状硬結は健常者にも存在する。
触知可能であることと、病理学的意義を持つことは同義ではない。
DNICと鎮痛の機序
圧迫や注射による鎮痛は、DNIC(Diffuse Noxious Inhibitory Controls)によって説明可能である。
強い侵害刺激により中枢での下行性調整が起こり、広作動域ニューロンを抑制する。
鎮痛が生じたことは、必ずしも筋肉や筋膜の構造変化を意味しない。
それは神経系の抑制機構として理解できる。
結論
筋筋膜性疼痛症候群(MPS)とトリガーポイントは、臨床現象としては存在する。
しかし、それを筋肉の慢性炎症や局所病変として説明する根拠は限定的である。
末梢神経、二次痛覚過敏、下行性抑制系といった神経生理学的枠組みは、これらの現象をより整合的に説明する可能性を持つ。
徒手療法を再評価する際には、構造仮説のみならず、神経科学的視点を統合することが求められる。
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