ニューロマトリックスとは何か|痛みを生み出す脳のネットワーク理論

ペインサイエンス
目次

はじめに|ニューロマトリックスとは何か

一般的には、痛みは身体の損傷によって生じると考えられています。

例えば骨折や炎症などの組織損傷です。

しかし臨床では、組織状態と痛みが一致しないケースが多く見られます。

画像検査では異常が見つからないにもかかわらず痛みが続く場合や、逆に組織異常が存在しても症状がないこともあります。

このような現象は、単純な組織損傷だけでは説明できません。

この背景から、痛みは身体信号だけでなく神経系の情報処理によって生成される可能性があると考えられるようになりました。

その代表的な理論の一つが ニューロマトリックス理論(Neuromatrix theory) です。

ニューロマトリックス理論の歴史

ニューロマトリックス理論は、カナダの心理学者 Ronald Melzack によって提唱されました。

Melzackは1965年に神経科学者 Patrick Wall とともに、痛み研究に大きな影響を与えた ゲートコントロール理論(Gate Control Theory) を発表しました。

この理論では、痛み単純末梢から伝わる信号ではなく、脊髄レベル調整れる可能性した。

この考え方は、それまで痛み研究枠組み大きく変えるものした。

▶︎ ゲートコントロール理論

その後、1970年代には国際疼痛学会の機関誌として学術雑誌 Pain が創刊され、痛み研究は急速に発展していきました。

この研究の流れの中でMelzackは、痛みは脊髄だけでなく脳の広範なネットワークによって生成されるという理論を提案しました。

これがニューロマトリックス理論です。

ニューロマトリックスとは何か

ニューロマトリックスとは、痛みを生成する脳の神経ネットワークを指す概念です。

痛みは単一の脳部位で生じるのではなく、複数の脳領域の活動によって生成されると考えられています。

このネットワークには感覚情報だけでなく、情動や記憶、注意などの情報が関係します。

Ronald Melzack はニューロマトリックスを次のように説明しています。

「視床と大脳皮質間、および大脳皮質と辺縁系に存在するニューロンネットワークの複雑な活動のこと。」

さらにMelzackは、痛みの本質について次のように述べています。

「痛みは、傷害、炎症、または他の病理によって引き起こされる感覚入力によって直接的に生じるのではなく、脳内に広く分布する神経ネットワークの出力によって生じる。」

Pain and the Neuromatrix in the Brain — Ronald Melzack

つまり痛みは単なる身体信号ではなく、神経系が多くの情報を統合した結果として生じる経験と理解されています。

ニューロマトリックスの情報処理|入力・認知・出力

ニューロマトリックス理論では、痛みは神経ネットワークによる情報処理の結果として理解されます。

この情報処理は、大きく 入力・認知・出力 の流れとして考えることができます。

まず身体からの感覚情報や環境情報が 入力 として神経系に入ります。

次に脳はその情報を、過去の経験や注意、情動などと統合して 認知処理 を行います。

そしてその結果として 出力 が生じます。

この出力には、痛みの知覚だけでなく身体反応や自律神経反応、行動反応なども含まれます。

つまり痛みは単なる感覚ではなく、神経系の情報処理の結果として生じる現象と考えられます。

痛みは脳で生成される経験

現代のペインサイエンスでは、痛みは単純な身体信号ではなく、脳によって生成される経験として理解されています。

G. Lorimer Moseley は痛みの概念を次のように整理しています。

「痛みは、組織が脅威にさらされていると生物が認識したときに生じる中枢神経系の出力の一つである。」

さらに痛みは、生物学的要因だけでなく心理社会的要因にも影響されると説明されています。

「痛みは、文化的学習、文脈の意味付け、注意、心理的変化によって影響を受ける個人的で主観的な体験である。」

また

「不安、抑うつ、態度、信念、社会的背景、仕事の状態などの心理社会的要因が重要な役割を果たす可能性がある。」

RECONCEPTUALISING PAIN ACCORDING TO MODERN PAIN SCIENCE — G. Lorimer Moseley

▶︎ バイオサイソーモデル

脅威認識と痛み

近年の研究では、痛みは身体への脅威認識と関係する可能性が指摘されています。

ある研究では、痛みの経験について次のように述べられています。

「物理的刺激への感受性は、身体に対する脅威の認識に応じて脳が生み出す疼痛経験における1つの要素に過ぎない。」

さらに

「痛みを理解し、管理するには、何に脅威を感じているのかを特定する必要がある。」

Changing the Narrative in Diagnosis and Management of Pain in the Sacroiliac Joint Area

幻肢痛とニューロマトリックス

ニューロマトリックス理論を説明する代表的な例として 幻肢痛 があります。

幻肢痛とは、切断された手足に痛みを感じる現象です。

身体の一部が存在しないにもかかわらず痛みが感じられることがあります。

この現象は、痛みが単純な身体信号ではなく、脳のネットワーク活動によって生成される可能性を示しています。

慢性疼痛とニューロマトリックス

慢性疼痛では、神経系の情報処理が変化する可能性があります。

例えば痛覚過敏や関連痛などです。

慢性疼痛研究では、脳や脊髄の神経回路の変化として 中枢性感作 が知られています。

このような神経系の変化は、ニューロマトリックスの活動パターンの変化として理解されることがあります。

▶︎ 慢性疼痛

ニューロマトリックスとペインサイエンス

ニューロマトリックス理論は、現代のペインサイエンスの基盤となる概念の一つです。

従来の医学では、痛みは主に組織損傷によって生じると考えられていました。

しかし痛み研究の進展によって、痛みは単純な身体信号ではなく神経系の情報処理によって生成される経験として理解されるようになりました。

ニューロマトリックス理論は、身体からの入力だけでなく認知や情動などの情報が統合されるという視点を提供しました。

その後の研究では、慢性疼痛における神経可塑性や予測処理など、さまざまな神経メカニズムが研究されています。

結論

ニューロマトリックス理論は、痛みを脳のネットワーク活動として理解する理論です。

痛みは単なる身体信号ではなく、神経系が多くの情報を統合して生成する経験と考えられています。

そのため慢性疼痛を理解するためには、組織や構造だけでなく神経系の情報処理を含めた視点が重要になります。

 


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