鼠径部痛症候群とは何か|まず押さえたい基本像
鼠径部痛症候群は、鼠径部周囲の痛みをひとつの組織だけで説明する病名ではなく、複数の病態が重なって現れる臨床概念です。
一般には、内転筋群や腸腰筋の過負荷、恥骨結合周囲のストレス、腹壁や鼠径管周囲の問題、股関節由来の病態などが原因として説明されます。スポーツ場面ではダッシュ、切り返し、キック、踏み込みで悪化しやすく、保存療法としてはまず負荷調整と運動療法が中心になり、必要に応じて生活指導、物理療法、徒手療法などが組み合わされます。
また、この領域は股関節前方、恥骨周囲、下腹部、鼠径靭帯近傍が近接しており、訴えの場所と実際の関与部位が一致しないこともあります。
強い安静時痛、夜間痛、発熱、急速な腫脹、外傷後の著明な機能低下、体重をかけられないほどの痛みがある場合は、疲労骨折、股関節内病変、感染、ヘルニアなどを除外すべきです。
最近の研究からみた鼠径部痛症候群|いま押さえたい知見
鼠径部痛症候群では、近年は単一組織の損傷としてではなく、臨床像をいくつかのカテゴリーに分けて考える見方が主流です。まず押さえたいのは、鼠径部痛を内転筋関連、腸腰筋関連、鼠径部関連、恥骨関連、股関節関連、その他の原因に分ける整理です。
「以下の用語について満場一致で合意が得られた。1. 鼠径部痛の臨床的実体の定義:内転筋関連、腸腰筋関連、鼠径部関連、恥骨関連の鼠径部痛。2. 股関節関連の鼠径部痛。3. アスリートの鼠径部痛のその他の原因。」
「Weir A, Brukner P, Delahunt E, et al. Doha agreement meeting on terminology and definitions in groin pain in athletes. Br J Sports Med. 2015;49(12):768-774.」
鼠径部痛をひとつの組織名で固定せず、まず臨床像を分けてみる視点が土台になります。
「股関節/鼠径部痛のあるアスリートは、内転筋圧迫テストで痛みと筋力低下、股関節内旋可動域の減少、膝関節屈曲時の可動域の減少を示すという強いエビデンスが示された。ただし、股関節外旋可動域は対照群と同等であった。」
「Mosler AB, Weir A, Serner A, et al. Which factors differentiate athletes with hip/groin pain from those without? A systematic review with meta-analysis. Br J Sports Med. 2015;49(12):810.」
画像だけでなく、誘発テスト、可動域、筋力低下を組み合わせてみる方が臨床像を捉えやすくなります。
鼠径部痛症候群を再検討する視点|局所所見だけでは足りない理由
一方で、鼠径部痛症候群には局所所見だけでは読み切れない臨床像もあります。
圧痛部位や画像所見がみつかっても、それだけで現在の訴え全体を説明できるとは限りません。股関節由来の前方痛、腹壁や鼠径管由来の不快感、表在の感覚異常が、同じ「鼠径部痛」として扱われていることもあります。
そのため、異常の有無だけで判断せず、その所見がいまの症状分布や誘発条件と一致しているのかをみる必要があります。股関節周囲の画像所見の意味づけを整理したい方は、以下も参考になります。
疼痛科学からみた鼠径部痛症候群|増悪条件から特徴をつかむ
鼠径部痛症候群では、どの条件で強まり、どの条件で変わるのかを追うことが大切です。
切り返し、踏み込み、股関節屈曲、内転、腹圧、咳やくしゃみで増悪するのか、長時間座位や歩行量増加でじわじわ強まるのかで、関与する要素は変わってきます。同じ鼠径部でも、動作時痛が中心なのか、接触や衣類の圧迫で変わるのかで見え方はかなり異なります。
また、運動開始時だけ痛いのか、持続負荷で増えるのか、休むと軽くなるのかも手がかりになります。症状を固定した病名としてみるより、どの入力条件で神経系の出力が変わるのかをみる方が、臨床では役立ちます。
鼠径部痛症候群を末梢神経からどうみるか|分布から読み直す
ここで補助線になるのが、末梢神経の視点です。
鼠径部痛症候群としてまとめられる訴えの中には、筋や腱よりも皮神経や混合神経の分布を踏まえた方が読みやすいものがあります。とくに、ヒリヒリ感、ピリピリ感、接触過敏、下着やズボンでの不快感、限局した表在痛がある場合は、鼠径部周囲の皮神経を候補に入れた方が臨床像がまとまりやすくなります。
候補になりやすいのは、外側大腿皮神経、大腿神経の前皮枝、腸骨鼠径神経の皮枝、陰部大腿神経の大腿枝です。鼠径部直下から大腿前面へ広がるのか、前外側へずれるのか、上内側や外陰部寄りまで含むのかで見え方は変わります。
評価では、しびれや感覚異常があるのか、触れると不快なのか、衣類の圧迫で変わるのか、股関節運動よりも表在刺激で変化しやすいのかを確認します。筋出力低下が目立つ場合は、皮神経だけでなく大腿神経や腰神経叢全体の関与も補助線として考える必要があります。
結論
鼠径部痛症候群をみる際には、診断名や局所圧痛だけで判断せず、どの動作で悪化するのか、どの領域に広がるのか、表在の感覚異常や接触過敏があるのかまで丁寧にみる必要があります。
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