はじめに|遅発性筋肉痛の原因は本当に筋損傷なのか
遅発性筋肉痛(Delayed Onset Muscle Soreness:DOMS)とは、慣れていない運動や強い運動を行った数時間から数日後に生じる筋肉痛のことです。
DOMSでは
・筋肉の痛み
・腫れ
・可動域の低下
・筋力低下
などが起こることが知られています。
従来、DOMSの原因としては
・筋線維の損傷
・炎症
・結合組織損傷
・乳酸の蓄積
などが挙げられてきました。
しかし現在では、これらの説明だけではDOMSの症状を十分に説明できないことが指摘されています。
近年、DOMSは筋損傷ではなく 神経の微小損傷による疼痛である可能性 を示唆する研究が報告されています。
DOMSは本当に筋損傷なのか
長い間、遅発性筋肉痛は、筋線維の微小損傷によって起こると考えられてきました。
特に伸張性収縮(eccentric contraction)によって筋線維が破壊され、その結果として炎症が起こり痛みが生じるという説明です。
しかしこの説明にはいくつかの問題があります。
例えば
・筋損傷の程度と痛みの強さが一致しない
・筋損傷が小さい場合でも強い痛みが起こる
・筋損傷があっても痛みが弱い場合がある
などです。
またDOMSの痛みは圧痛として現れることが多く、筋肉の深部というより機械刺激に対する感受性の変化として説明されることもあります。
このような点から、DOMSを単純な筋損傷だけで説明することには限界があると指摘されています。
筋紡錘と神経支配
筋紡錘は筋肉内に存在する固有感覚受容器であり、筋の長さや伸張速度を検出する重要な感覚器です。
研究では次のように述べられています。
「筋紡錘には、感覚神経、γ運動神経、交感神経支配を伴う錘内筋線維が含まれている。錘内筋線維の感覚神経支配は、タイプIaおよびタイプIIの感覚ニューロンで構成されている。
人間の筋紡錘にも直接的な交感神経支配の解剖学的証拠がある。
筋紡錘の求心性神経および遠心性神経の神経周膜は、外側被膜と繋がっており、血液脳関門などの選択的なバリアとして機能する。その運動神経と感覚神経は、筋紡錘の被膜内では無髄である。」
Have We Looked in the Wrong Direction for More Than 100 Years?
Delayed Onset Muscle Soreness Is, in Fact, Neural Microdamage Rather Than Muscle Damage
Balazs Sonkodi Istvan Berkes Erika Koltai
筋紡錘は単なる感覚器ではなく
・感覚神経
・運動神経
・交感神経
による複雑な神経制御を受けています。
筋紡錘と交感神経|ヒト筋紡錘への交感神経支配
筋紡錘は感覚受容器として知られていますが、近年の研究では交感神経による制御も存在することが示されています。
次の研究では、ヒト筋紡錘に対する直接的な交感神経支配が報告されています。
「ヒトの筋紡錘線維への直接的な交感神経支配を示す本データは、交感神経活動が亢進した状況、例えばストレス時(仕事関連の筋肉痛、慢性的な筋肉痛症候群につながる可能性)や、交感神経依存性疼痛という名前で分類される特定の状況下で見られる運動機能障害や固有受容機能障害を理解する上で極めて重要である。」
Sympathetic innervation of human muscle spindles
交感神経依存性疼痛とは、神経障害性疼痛の中で交感神経の過活動が痛みに寄与する状態を指します。
この研究は、筋紡錘が単なる固有感覚受容器ではなく、交感神経活動の影響を受ける可能性があることを示しています。
そのためストレスや交感神経活動の変化が、筋紡錘の機能や感覚処理に影響を与える可能性があります。
伸張性運動と筋紡錘の神経圧迫
DOMSは特に伸張性収縮(eccentric contraction)を伴う運動で発生しやすいことが知られています。
研究では、伸張性運動による筋紡錘内の圧迫と神経損傷の可能性が示唆されています。
「伸張性運動では、筋紡錘が過度に長くなり、内側の非圧迫性液体に伴い、体腔がさらに潰れ、結果として圧迫が著しく強まる。
強まった圧迫は、筋紡錘内の神経終末を絞扼し得る。そして反復的な伸張性収縮は、神経終末の微小損傷につながる可能性がある。
機能の低下は、タイプIa感覚神経終末と運動神経系のγ運動ニューロンの微小損傷による刺激増加の結果であり、可動域が減少し、最終的に筋力が低下する可能性がある。
筋紡錘はDOMSにおける類似的なコンパートメントであると考えています。」
Have We Looked in the Wrong Direction for More Than 100 Years?
Delayed Onset Muscle Soreness Is, in Fact, Neural Microdamage Rather Than Muscle Damage
Balazs Sonkodi Istvan Berkes Erika Koltai
交感神経活動とDOMS
この仮説では、交感神経系(SNS)の活動もDOMSの重要な要因とされています。
「したがって、不慣れな運動または激しい運動中の交感神経系(SNS)活動の増加は、DOMSの重要な根本的な要因であると考えている。
高強度の運動だけで起こる圧迫では、筋紡錘に達するのに十分な損傷力ではない。
伸張性運動で筋肉が過度に長くなると、神経、筋線維、結合組織、筋紡錘がトンネル効果下にあり、さらに圧迫を引き起こすと考えられる。」
Have We Looked in the Wrong Direction for More Than 100 Years?
Delayed Onset Muscle Soreness Is, in Fact, Neural Microdamage Rather Than Muscle Damage
Balazs Sonkodi Istvan Berkes Erika Koltai
DOMSは神経の微小損傷なのか
研究では次のような仮説が提示されています。
「我々の仮説によれば、遅発性筋肉痛(DOMS)は、筋紡錘内の神経終末における急性の圧迫性軸索障害である。
これは、認知要求下で反復的な伸張性収縮が行なわれる時の、圧迫の繰り返しによって引き起こされる。
急性の圧迫性軸索障害は、周囲の組織の微小損傷と同時に起こる可能性があり、免疫性炎症により増強される。」
Have We Looked in the Wrong Direction for More Than 100 Years?
Delayed Onset Muscle Soreness Is, in Fact, Neural Microdamage Rather Than Muscle Damage
Balazs Sonkodi Istvan Berkes Erika Koltai
この仮説では、DOMSは筋紡錘の神経終末の圧迫性軸索障害として説明される可能性があります。
遅発性筋肉痛と乳酸|神経中心モデル
かつて遅発性筋肉痛(DOMS)の原因として、乳酸の蓄積が広く説明されていました。
しかし1980年代の研究では、乳酸とDOMSの直接的な関係はほぼ否定されています。
DOMSの痛みは通常、運動後すぐではなく約8時間後に出現し、1〜2日後にピークに達し、約1週間で自然に軽減するとされています。
この時間経過は、運動中に急速に増加する乳酸濃度とは一致しません。
しかし近年、乳酸を完全に否定するのではなく、神経代謝の視点から再評価する研究も報告されています。
「乳酸は筋紡錘内のIa型感覚終末における遅発性筋肉痛の一次損傷期の始まりに不可欠な役割を果たしていると考えられる。」
「さらに乳酸は筋紡錘外腔における遅発性筋肉痛の二次損傷期にも寄与している可能性がある(主にブラジキニンの作用を増強することによる)。」
「不慣れな激しい遠心性収縮は、筋紡錘内の過剰興奮した固有受容感覚ニューロンへの乳酸による栄養供給を促進することが示唆されている。」
しかし、過剰な乳酸アシドーシス(血中濃度の増加)は、固有受容感覚の障害や侵害受容の増加に関与する可能性があります。
「結局のところ、神経中心の視点に立つならば、固有受容感覚ニューロンの代謝における乳酸の重要な役割を無視することはできない。」
「神経中心の視点は、固有受容感覚神経の微小損傷が遅発性筋肉痛の病態生理における中心的なメカニズムである可能性があるという理論を浮き彫りにする。」
Should We Void Lactate in the Pathophysiology of Delayed Onset Muscle Soreness? Not So Fast! Let’s See a Neurocentric View! (2022)
この研究は、DOMSの原因として単純な乳酸蓄積を支持するものではありません。
むしろ乳酸が、筋紡錘内の固有受容神経の代謝や炎症性メディエーター(ブラジキニンなど)と関係し、神経終末の機能変化に関与する可能性を示唆しています。
つまりDOMSは、筋損傷だけでなく 神経機能と神経代謝の変化として理解できる可能性があります。
結論|DOMSを神経科学から再解釈する
これらの研究から、遅発性筋肉痛は不慣れな運動や強い運動による反復的な筋紡錘伸張によって生じる、神経の圧迫と交感神経系の活性化が関与している可能性があります。
つまりDOMSの根本的な要因として、筋紡錘内の末梢神経軸索の圧迫性微小損傷と炎症反応が考えられます。
さらに筋紡錘内では神経がトンネル状構造の中を走行しているため、圧迫が生じやすい可能性も示唆されています。
この視点から見ると、筋紡錘も「神経トンネル」として捉えることができます。
ペインサイエンスの視点では、末梢で重要なのは末梢神経と皮神経です。
筋肉や関節などの解剖学的構造だけではなく、神経の状態、神経機能、中枢神経の処理という視点を統合して痛みを理解する必要があります。
痛みは単なる組織の問題ではなく、脳によるアウトプットとして理解する必要があります。
そのため臨床では、神経系にフォーカスした評価と介入が重要になります。
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