整形外科手術は慢性疼痛を本当に改善するのか|偽手術RCTとエビデンスから再検討

目次

はじめに|慢性疼痛に対する整形外科手術の効果はプラセボ?

近年のペインサイエンスの研究では、椎間板変性、関節唇損傷、ヘルニア、脊柱管狭窄などの構造変化は、加齢に伴って無症状者にも高頻度に認められることが報告されています。

つまり、画像検査で確認される構造異常が、必ずしも痛みの原因とは限らない可能性が指摘されています。

こうした背景から、整形外科領域では「構造を修復する手術」が実際にどの程度痛みの改善に寄与するのかを検証する研究が行われてきました。

その代表的な方法が、実際の手術と偽手術(シャム手術)を比較するランダム化比較試験です。

もし手術と偽手術の結果に大きな差が認められない場合、痛みの改善は組織の修復そのものではなく、期待や治療文脈などの非特異的効果によって説明される可能性があります。

本稿では、整形外科領域で行われた偽手術研究やランダム化比較試験を整理し、慢性疼痛に対する手術の有効性についてエビデンスの観点から検討します。
近年の整形外科ガイドラインでも、まず非外科的治療を優先することが推奨されています。

「股関節と膝の変形性関節症患者の管理に関する国際的なエビデンスに基づくガイドラインでは、まず非外科的治療(組み合わせて)を行い、非外科的治療で十分な効果が得られない場合にのみ手術を行うことが推奨されている。」

しかし実際の整形外科診療では、非外科的治療が十分に活用されていない可能性も指摘されています。

「このような推奨事項にもかかわらず、整形外科診療の現場では非外科的治療が最適に用いられていないことが強く示唆されている。」

Barriers and Facilitators Associated with Non-Surgical Treatment Use for Osteoarthritis Patients in Orthopaedic Practice

▶︎画像診断と疼痛の関係とは

偽手術(シャム手術)とは何か|整形外科研究で用いられるプラセボ対照試験

整形外科研究では、実際の手術と「偽手術(シャム手術)」を比較する研究が行われています。

偽手術とは、皮膚切開などは行うものの、実際の組織処置は行わない対照手術です。

この研究デザインでは

・手術そのものの効果

・期待や治療文脈による非特異的効果(プラセボ)

を区別して評価することができます。

▶︎ プラセボとは何か

変形性膝関節症に対する関節鏡手術は有効か|偽手術RCTによる検証

変形性膝関節症は、歩行や階段昇降、正座などの動作で膝の痛みを生じることが多い疾患です。一般的には、関節軟骨の変性や摩耗などの構造変化が痛みの原因と説明されることがあります。

こうした病態に対して、整形外科では関節鏡視下手術が行われることがあります。関節鏡という小型カメラを膝関節内に挿入し、半月板の変性部位や関節内遊離体、滑膜などを処置する手術です。

しかし臨床では、手術を受けても症状の改善が十分に得られないケースも報告されています。この疑問を検証するため、関節鏡手術と偽手術(シャム手術)を比較したランダム化比較試験が行われています。

「我々は、膝の変形性関節症に対する関節鏡検査の有効性を評価するために、無作為化プラセボ対照試験を実施した。」

「変形性膝関節症の合計180人の患者が、関節鏡視下デブリードマン、関節鏡下洗浄、またはプラセボ手術を受けるために無作為に割り当てられた。

プラセボ群の患者は、関節鏡を挿入せずに皮膚切開を受け、疑似デブリードマンを受けた。」

※デブリードマンとは、関節内遊離体の摘出や、変性断裂した半月板の部分切除、滑膜の切除などをおこなうこと。

「24ヶ月間にわたって複数の時点で転帰を評価した。 合計165人の患者が試験を完了した。」

「いずれの時点においても、関節鏡的介入群のいずれもプラセボ群よりも機能の改善に有意差はなかった。」

「実際に、客観的に測定された歩行および階段上昇は、2週間および1年において、プラセボ群よりもデブリードマン群で劣っていた。そして2年後に機能が悪化する傾向を示した。」

「変形性膝関節症患者を対象としたこの対照試験では、関節鏡下洗浄または関節鏡下デブリードメント後の結果は、プラセボ手術後の結果よりも良くなかった。」

A Controlled Trial of Arthroscopic Surgery for Osteoarthritis of the Knee

J. Bruce Moseley

関節鏡手術に関しては、その後も同様の検証が行われています。

関節鏡下半月板部分切除術と偽手術を比較したランダム化比較試験では、次の結果が報告されています。

「変性内側半月板断裂の症状がある患者を対象としたこの試験では、関節鏡視下半月板部分切除術後の結果は、偽手術後の結果よりも優れていなかった。」Arthroscopic Partial Meniscectomy versus Sham Surgery for a Degenerative Meniscal Tear

さらに、膝関節鏡手術を対象としたシステマティックレビューとメタアナリシスでも同様の結果が示されています。

半月板部分切除、デブリードマン、関節鏡視下膝手術などを対象とした9件の試験(1270人)を統合した分析では、次のように結論づけられています。

「変形性膝関節症に対する関節鏡検査を含む介入から得られる、わずかで重要ではない利益は時間的に限られており、術後1〜2年で消失する。膝関節鏡検査は有害事象を伴う。」「半月板断裂や骨棘、軟骨損傷、骨髄病変などの構造的異常は、痛みのある膝だけでなく、中高年の痛みのない膝にも頻繁に認められる」

Arthroscopic surgery for degenerative knee: systematic review and meta-analysis of benefits and harms

これらの研究結果を総合すると、変形性膝関節症や変性半月板断裂に対する関節鏡手術は、偽手術と比較して明確な臨床的優位性が示されない場合があることが報告されています。

また、膝関節に認められる半月板断裂や軟骨損傷などの構造変化は、痛みのある膝だけでなく無症状者にも頻繁に認められることが指摘されています。

これらの知見は、膝の痛みが必ずしも局所組織の損傷だけで説明できるとは限らない可能性を示しています。

痛みの変化には、身体活動、治療文脈、期待など、神経系の調節に関わる複数の要因が関与している可能性があります。

▶︎下行性疼痛抑制系とは何か

SLAP損傷の手術は有効か|関節唇修復術と偽手術のランダム化比較試験

肩の痛みや機能障害の原因として、上方関節唇損傷(SLAP損傷)が指摘されることがあります。

こうした病態に対しては、関節唇修復術や上腕二頭筋腱固定術などの外科的治療が行われることがあります。

しかし、これらの手術が痛みや機能障害の改善にどの程度寄与しているのかについては、十分なエビデンスがあるとは限りません。

この点を検証するために、関節唇修復術や上腕二頭筋腱固定術と偽手術(シャム手術)を比較したランダム化比較試験が行われています。

「関節唇修復術と上腕二頭筋腱固定術は、肩のSLAP損傷(上方肩関節唇損傷)に対して日常的に行われているが、エビデンスは不足している。

SLAP損傷に対する関節唇修復術、上腕二頭筋腱固定術および偽手術の効果を評価した。

118人の外科的候補者(平均年齢40歳)を用いて二重盲検、偽対照試験を実施した。」

「いずれのアウトカムにおいても、追跡調査ではグループ間の有意差は認められなかった。

SLAP II損傷を有する患者に対しては、関節唇修復術も上腕二頭筋腱固定術も偽手術と比較して有意な臨床的有用性は認められなかった。」

Sham surgery versus labral repair or biceps tenodesis for type II SLAP lesions of the shoulder

この研究では、異なる2種類の手術を比較しても偽手術との差は認められませんでした。

これは、構造的損傷が存在しても、それが必ずしも痛みの主要因とは限らないことを示唆します。

肩痛の改善には、運動療法、神経系の適応、心理社会的要因など複数の要素が関与している可能性があります。

テニス肘の手術は有効か|外科手術とプラセボ手術の比較研究

ランダム化比較試験:

「テニス肘を管理するための多くの外科的手法が説明されている。

最も頻繁に行われる手術の一つに、短橈側手根伸筋の患部を切除するものがある。」

「短橈側手根伸筋の変性部分を外科的に切除しても、慢性的なテニス肘の管理において、プラセボ手術以上の利点はない。」

Surgical Treatment of Lateral Epicondylitis

この研究は、慢性腱障害に対する外科手術の有効性に疑問を投げかけています。

慢性疼痛では、局所組織の損傷よりも神経系の感作や運動制御の変化が関与している可能性があります。

そのため、臨床では運動療法や負荷管理などの保存療法が重要になるケースも多いと考えられます。

整形外科手術全体を対象とした研究でも、同様の傾向が指摘されています。

「一般的な整形外科疾患のうち、手術を行わない場合と比較したランダム化比較試験が行われたのは半数に過ぎず、行われた試験の多くは手術が他の方法よりも優れていないことを示している。」

「このような研究が行われた場合、統計的に有意で臨床的に重要な手術効果を示したのは平均14%のみであるという観察に基づいている。」

Surgery for chronic musculoskeletal pain: the question of evidence

脊柱管狭窄症の手術は保存療法より優れているのか|コクランレビューの結論

コクランのシステマティックレビュー/ 5つのRCT/腰部脊柱管狭窄症/643人:

「腰椎脊柱管狭窄症に対して、外科的治療と保存的アプローチのどちらが優れているかを結論付ける自信はほとんどなく、臨床の指針となるような新たな提言はできない。」

「非外科的治療と比較して、外科的治療では明確な利益は観察されなかった。」

Surgical versus non-surgical treatment for lumbar spinal stenosis

このレビューは、脊柱管狭窄症に対する手術の優位性が明確ではないことを示しています。

また、手術では副作用が報告されている一方で、保存療法では副作用が少ない点も重要です。

慢性腰痛に対する治療では、外科的介入の適応を慎重に判断する必要があります。

慢性腰痛に対する脊椎手術は有効か|脊椎固定術と椎体形成術の研究

慢性腰痛に対しては、脊椎固定術や椎体形成術などの外科的治療が行われることがあります。しかし、これらの手術が疼痛の改善にどの程度寄与するのかについては、研究結果は一貫していません。

慢性腰痛に対する外科的固定術を検討したランダム化対照試験のメタアナリシス(634人)では、次のように報告されています。

「現時点での累積的なエビデンスは、慢性腰痛の治療における慣例的な外科的固定術を支持するものではない。」<また、骨粗鬆症性椎体骨折に対する椎体形成術と偽手術を比較したランダム化比較試験でも、次の結果が報告されています。

「痛みがある骨粗鬆症性椎体骨折の患者において、偽手術と比較した椎体形成術の有益な効果は、治療後1週間、1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月の時点では認められなかった。」

A Randomized Trial of Vertebroplasty for Painful Osteoporotic Vertebral Fractures

これらの研究は、脊椎手術においても、構造的な介入が必ずしも疼痛改善に直結するとは限らない可能性を示しています。

椎間板摘出物を患者に見せると転帰は変わるのか|期待と認知の影響

前向き・二重盲検・ランダム化・対照試験:

「腰椎のマイクロ椎間板切除術後に、切除した椎間板の破片を与えられた患者は、与えられなかった患者と比較して、著しく優れた転帰が報告された。」

Improved outcome after lumbar microdiscectomy in patients shown their excised disc fragments

この研究は、患者に対して「原因が取り除かれた」という視覚的証拠を提示することで、臨床結果が変化する可能性を示しています。

これは痛みの変化が組織修復だけではなく、認知や期待など脳の要因にも影響されることを示唆しています。

このような痛みの理解は、近年の神経科学的な疼痛研究とも一致しています。

▶︎ ペインサイエンスとは何か

整形外科におけるパラダイムシフト|偽手術研究が示す疼痛理解の変化

「偽手術が、実際の手術と同様の結果をもたらすという事実は、痛みの調節に対する脳の強力な貢献を強調している。」

Sham Surgery in Orthopedics: A Systematic Review of the Literature

さらに、外科領域では非特異的治療効果の影響が長年過小評価されてきた可能性も指摘されています。

「まず第一に、非特異的治療効果を過小評価することは外科専門分野における長年の根本的な問題であり、著者自身も外科的“プラセボ反応”の重要性を指摘している。」Systematic review of observational studies reveals no association between low back pain and lumbar spondylolysis with or without isthmic spondylolisthesis

また、手術と侵襲的処置を対象とした偽手術対照試験のメタアナリシスでは、次のように報告されています。

「侵襲的介入は非侵襲的治療よりも大きな非特異的効果を伴うことが多いため、偽手術群を含まない外科的試験では偏った結果をもたらす可能性がある。」To what extent are surgery and invasive procedures effective beyond a placebo response? A systematic review with meta-analysis of randomised, sham controlled trials

これらの研究は、整形外科領域において痛みの理解が大きく変化していることを示しています。

従来の組織損傷モデルだけでは慢性疼痛を説明できない場合があり、神経系や脳の関与を含めた新しい疼痛モデルが必要とされています。

このような疼痛調節には神経系の抑制機構も関与していると考えられています。

例えば、侵害刺激によって別の痛みが抑制される DNIC(Diffuse Noxious Inhibitory Control) などの神経系の調節機構が、疼痛体験に影響する可能性があります。

▶︎ DNICとは何か

慢性疼痛の神経科学的メカニズムについては、別記事で詳しく解説しています。

▶︎慢性疼痛とは何か

結論|慢性疼痛における整形外科手術の効果をどう解釈するか

本稿で紹介した研究を総合すると、変形性膝関節症に対する関節鏡手術、SLAP損傷に対する関節唇修復術、テニス肘に対する短橈側手根伸筋切除術などの整形外科手術は、偽手術(シャム手術)と比較して明確な臨床的優位性が示されない場合があることが報告されています。

また、腰部脊柱管狭窄症においても、外科的治療が保存療法より明確に優れているとは結論づけられていません。さらに外科的治療には一定の副作用リスクも報告されています。

これらの研究結果は、慢性疼痛の改善が必ずしも組織の構造修復だけによって説明できるとは限らない可能性を示しています。

実際、椎間板切除後に摘出された椎間板片を患者に提示した研究では、「原因が取り除かれた」という視覚的情報が転帰に影響する可能性が示唆されています。これは痛みの変化が組織修復だけではなく、認知や期待、治療文脈など神経系の情報処理にも影響される可能性を示す知見です。

近年のペインサイエンスでは、痛みを単純な組織損傷として理解するモデルから、神経系を含めた統合的な疼痛モデルへのパラダイムシフトが提案されています。

つまり慢性疼痛の理解には、組織構造だけでなく、神経系の状態、運動、心理社会的要因などを含めた多角的な視点が必要になります。

臨床家にとって重要なのは、画像所見や構造異常のみを痛みの原因として解釈するのではなく、疼痛のメカニズムをより広い枠組みで評価することです。

慢性疼痛の評価と治療においては、組織中心モデルだけではなく、神経系を含めた疼痛理解が重要であると言えるでしょう。

 


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