はじめに|慢性痛と触覚の関係とは
慢性疼痛の研究では、痛みは単なる組織損傷だけでは説明できない現象であることが明らかになってきています。
特に近年注目されているのが、感覚認知と疼痛の関係です。
慢性疼痛患者では、触覚の鋭敏性や身体の感覚認識が変化している可能性が指摘されています。
触覚の識別能力の変化は、脳の一次体性感覚野(S1)の再編成とも関連することが示唆されています。
そのため臨床では、単に刺激を加えるだけでなく、患者がどのように感覚を認識しているのかを確認することが重要になります。
本稿では、慢性疼痛と触覚識別に関する研究を整理し、感覚認知と疼痛の関係について考察します。
慢性疼痛と触覚鋭敏性
慢性疼痛では、触覚の鋭敏性が低下することが報告されています。
研究では次のように述べられています。
「慢性疼痛は、しばしば、触覚鋭敏性の低下と関連している。痛みの強さ、触覚の鋭敏さ、皮質再編成には関係がある。痛みが消失すると、触覚機能は改善し、皮質構成も正常化する。」
この研究は、慢性疼痛と触覚機能、そして脳の皮質再編成の関係を示しています。
慢性疼痛と触覚識別能力
慢性疼痛患者では、触覚刺激の識別能力が低下している可能性が報告されています。
研究では次のように述べられています。
「慢性痛の人は、痛みを感じる身体部位に触覚刺激が与えられた場合、その触覚刺激の位置や特徴を識別する能力が低いという証拠が増えつつある。」
さらに、触覚鋭敏性の低下と痛みの強さの関連も報告されています。
「このような触覚鋭敏性の低下は、痛みの強さと相関しているようであるが、痛みが消失すると、触覚鋭敏性は再び増加する。」
これらの結果は、慢性疼痛では身体の感覚認識そのものが変化している可能性を示しています。
皮質再編成と慢性疼痛
慢性疼痛では、脳の感覚処理にも変化が生じる可能性があります。
研究では次のように述べられています。
「いくつかの研究で、慢性疼痛患者における一次体性感覚野の再編成が示されており、その程度は、痛みの強さと触覚鋭敏性の低下の両方に関連している。」
これは、慢性疼痛が単なる末梢組織の問題ではなく、神経系の情報処理の変化とも関係している可能性を示しています。
触覚刺激と触覚識別
CRPS患者を対象とした研究では、触覚刺激と触覚識別の違いが検討されています。
研究では次のように述べられています。
「片側CRPS患者の患肢に加える触覚刺激の位置とサイズを識別させることで、痛みと2点識別覚の閾値が低下することができるが、触覚刺激だけでは低下できないことを初めて証明した。」
この結果は、単純な触覚刺激だけではなく、触覚識別という感覚認知の要素が重要である可能性を示しています。
感覚認知アプローチ
本研究の著者である Lorimer Moseley(ロリマー・モーズリー) は、オーストラリアの理学療法士であり、慢性疼痛研究の分野で世界的に知られる研究者の一人です。
疼痛科学、神経科学、リハビリテーションの研究を多数発表しており、慢性疼痛における脳の可塑性や感覚認知アプローチの研究で広く知られています。
研究では次のように述べられています。
「知覚認知的アプローチは、患部へ中立的かつ客観的に注意を向けることで(感覚モニタリング)、患部からの体性入力の脅威が軽減され、その結果、痛みが軽減されたことを示唆している可能性がある。」
Tactile discrimination, but not tactile stimulation alone, reduces chronic limb pain
G. Lorimer Moseley, Nadia M. Zalucki, Katja Wiech
この研究は、単なる触覚刺激ではなく、触覚識別という感覚認知のプロセスが慢性疼痛に影響する可能性を示しています。
患者が感じている触覚の位置や特徴を認識し、感覚情報に注意を向けることが、神経系の疼痛処理に変化をもたらす可能性が示唆されています。
結論
慢性疼痛では、触覚鋭敏性の低下や触覚識別能力の変化が生じる可能性があります。
また慢性疼痛は、一次体性感覚野の再編成とも関連する可能性があり、感覚認知の変化が疼痛と関係している可能性が示唆されています。
CRPS研究では、単なる触覚刺激だけではなく、触覚識別のような感覚認知プロセスが疼痛の変化と関連することが示されています。
これらの研究は、臨床において単に刺激を加えるだけでなく、患者がどのようにその感覚を認識しているのかを確認することの重要性を示しています。
患者の感覚体験に注意を向け、その変化を丁寧に観察することは、慢性疼痛を理解するうえで重要な視点となります。
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