ストレス反応とは何か|HPA軸・SAM系・闘争逃走反応と脳炎症

ペインサイエンス
目次

ストレス反応とは何か

ストレス反応(stress response)とは、生体が危険や負荷、環境変化などの刺激に適応するために生じる生理学的反応です。

ストレスは心理的な現象だけではなく、神経系、内分泌系、免疫系が関与する生理学的反応として理解されています。

ストレス刺激が認識されると、扁桃体や視床下部などの神経回路が活性化し、身体のさまざまな生理機能が調整されます。

このとき生体では、自律神経系や内分泌系を介した複数のストレス反応システムが働きます。

ストレス反応を理解するためには、自律神経の基礎を理解することも重要です。

▶︎ 自律神経とは何か

HPA軸とSAM系とは何か

ストレス反応には複数の生理システムが関与します。

その中心となるのがHPA軸(Hypothalamic–Pituitary–Adrenal axis)とSAM系(Sympatho–Adreno–Medullary system)です。

SAM系は主に交感神経を介した迅速なストレス反応に関与します。

一方、HPA軸はホルモンを介した比較的長期的なストレス反応を調節します。

この二つのシステムは相互に関連しながら、生体のストレス適応を支えています。

SAM系(交感神経‐副腎髄質系)

SAM系(Sympatho–Adreno–Medullary system)は、急性ストレスに対する迅速な生理反応を担うシステムです。

このシステムでは、視床下部や脳幹を介して脊髄の交感神経節前ニューロンが活性化し、交感神経活動が増加します。

その結果、副腎髄質からアドレナリンやノルアドレナリンなどのカテコールアミンが分泌されます。

これらのホルモンは心拍数の増加、血圧の上昇、血糖の上昇、気道拡張、骨格筋への血流増加などの生理変化を引き起こします。

これらの反応は身体を危険に対処する状態へと変化させます。

SAM系は神経系を介した反応であるため、数秒から数分という短時間で起こることが特徴です。

HPA軸(視床下部‐下垂体‐副腎系)

HPA軸(Hypothalamic–Pituitary–Adrenal axis)は、ストレス反応をホルモンによって調節する内分泌系です。

このシステムは視床下部、下垂体、副腎皮質から構成されています。

ストレス刺激が加わると、視床下部からCRH(corticotropin-releasing hormone)が分泌されます。

CRHは下垂体前葉を刺激し、ACTH(adrenocorticotropic hormone)の分泌を促します。

ACTHは血流を介して副腎皮質へ作用し、コルチゾールの分泌を引き起こします。

コルチゾールは血糖調節、代謝調整、免疫反応の調節、炎症反応の調整など多くの生理機能に影響を与えるホルモンです。

HPA軸はSAM系よりも反応が遅く、数分から数時間にわたってストレス反応を調節する役割を担っています。

コルチゾールの日内リズム

コルチゾール分泌には日内リズム(circadian rhythm)が存在します。

一般的にコルチゾールは早朝に高く、夜間に低くなる傾向があります。

このリズムは睡眠覚醒周期と密接に関連しています。

慢性的なストレスや睡眠不足では、このコルチゾール分泌リズムが変化する可能性があります。

コルチゾールリズムの変化は、睡眠の質、免疫反応、痛みの知覚などに影響する可能性が指摘されています。

さらに近年の研究では、慢性疼痛を持つ人ではコルチゾールの日内リズムが変化している可能性も報告されています。

慢性疼痛患者では、コルチゾール分泌の日内変動が平坦化する、あるいは振幅が低下するなどの変化が観察されることがあります。

このような概日リズムの変化は、ストレス反応系の調節、睡眠、免疫反応、疼痛調節などと関連する可能性が研究されています。

Rivaらのレビューでは、慢性疼痛患者ではHPA軸活動やコルチゾールの日内リズムに変化がみられる可能性が指摘されています。

Hypothalamic–pituitary–adrenal axis dysregulation in fibromyalgia and chronic fatigue syndrome

Riva R et al., Psychoneuroendocrinology

そのためストレス反応を理解する際には、コルチゾールの量だけでなく日内リズムの変化にも注目することが重要です。

闘争・逃走反応(fight-or-flight response)

闘争・逃走反応(fight-or-flight response)は、生体が危険に直面した際に生じる急性ストレス反応です。

この概念は生理学者ウォルター・キャノン(Walter Cannon)によって提唱されました。

危険を認識すると、扁桃体や視床下部を含む神経回路が活性化し、SAM系を介した交感神経反応が引き起こされます。

その結果、心拍数の増加、呼吸数の増加、筋血流の増加、瞳孔散大などの生理変化が生じます。

これらの反応は身体を闘う、あるいは逃げるための状態へと適応させる生理的反応として理解されています。

またSAM系による急性反応の後には、HPA軸によるホルモン反応が続くことで、より長時間のストレス適応が行われます。

アロスタシスとは何か

ストレス生理学では、環境変化に対する生体の調節を説明する概念としてアロスタシス(allostasis)が提唱されています。

アロスタシスとは、環境や状況の変化に適応するために、生体の生理状態を変化させながら安定を維持する調節機構を指します。

これはホメオスタシス(homeostasis)と対比して説明されることが多い概念です。

ホメオスタシスは体温、血圧、血糖などの内部環境を一定範囲に保つ生理機構です。

一方アロスタシスは、環境変化やストレスに適応するために自律神経系や内分泌系を介して生理状態を変化させながら身体の安定を維持する仕組みと理解されています。

しかしストレスが長期間持続すると、この適応反応が生体に負荷を与える可能性があります。

この状態はアロスタティック負荷(allostatic load)と呼ばれ、慢性ストレス、睡眠障害、慢性疼痛などとの関連が研究されています。

ストレス社会と慢性ストレス

現代社会では、心理社会的ストレスが長期間持続する状況が問題となることがあります。

仕事、人間関係、経済的問題、生活環境など、さまざまな要因がストレスとして認識される可能性があります。

このような慢性ストレスでは、SAM系やHPA軸の活動が長期間にわたって影響を受ける可能性があります。

その結果、自律神経活動や内分泌反応の変化、睡眠の質の低下などが関連する可能性が指摘されています。

▶︎バイオサイコソーシャルとは

痛みとストレスの関係

痛みは単なる感覚ではなく、生体にとってのストレス刺激として作用することがあります。

侵害受容信号や痛みの知覚は、扁桃体、視床下部、脳幹などの神経回路を介してストレス反応に影響する可能性があります。

その結果、HPA軸や自律神経活動が変化する場合があります。

逆にストレスは痛みの知覚にも影響する可能性が指摘されています。

このように痛みとストレスは相互に影響し合う関係にあります。

慢性痛の神経科学については以下のコラムで解説しています。

▶︎ 慢性疼痛とは何か

ストレスと脳の炎症

近年の神経科学では、慢性的なストレスが脳内の炎症反応と関連する可能性が研究されています。

脳内にはミクログリアと呼ばれる中枢神経系の常在免疫細胞が存在しており、神経系の防御や修復、神経回路の維持、シナプス可塑性の調節などに関与しています。

慢性的なストレスや持続的な侵害受容信号が存在する場合、ミクログリアが活性化する可能性があります。

ストレス反応ではHPA軸や交感神経活動が関与し、グルココルチコイドや神経免疫シグナルがミクログリアの活動に影響する可能性が研究されています。

その結果、炎症性サイトカインの増加や神経炎症反応が生じる可能性が指摘されています。

このような神経炎症は、痛みの知覚、ストレス反応、睡眠調節などと関連する可能性があります。

慢性疼痛では、このような神経免疫系の変化が関係している可能性が指摘されています。

そのためストレス、痛み、睡眠はそれぞれ独立した現象ではなく、神経系、免疫系、内分泌系が相互に関係する統合的な生理反応として理解することが重要です。

▶︎ペインサイエンスとは何か

悪循環(vicious cycle)と慢性疼痛

ストレス反応は本来、危険に対する一時的な適応反応として機能します。

しかし慢性ストレスや慢性疼痛では、この反応が持続する可能性があります。

痛みはストレス反応を増加させ、ストレスは睡眠の質や神経系の調節に影響する可能性があります。

さらに睡眠不足はストレス反応を強め、痛みの感受性にも影響する可能性があります。

このように痛み、ストレス、睡眠が互いに影響し合うことで、生理反応の悪循環が形成される可能性があります。

このような相互増幅の仕組みについては以下の概念とも関連します。

▶︎ ポジティブフィードバックループとは何か

睡眠不足とストレス・疼痛

睡眠は神経系と内分泌系の調節に重要な役割を持っています。

睡眠不足はコルチゾール分泌、自律神経活動、痛みの知覚などに影響する可能性が指摘されています。

慢性疼痛では睡眠障害がしばしば報告されており、睡眠不足は痛みの感受性にも影響する可能性があります。

睡眠と疼痛の関係については以下のコラムで解説しています。

▶︎ 睡眠不足と疼痛の関係とは

徒手療法とストレス生理

徒手療法の臨床では、身体への感覚入力が神経系に影響を与える可能性が議論されています。

触覚刺激や身体接触は、自律神経活動、情動処理、内分泌反応などに影響する可能性が研究で示唆されています。

例えば安心感を伴う触覚刺激は、副交感神経活動やオキシトシン分泌と関連する可能性が指摘されています。

オキシトシンはHPA軸活動を調節し、コルチゾール分泌に影響する可能性が示唆されています。

このように身体への感覚入力は、自律神経系、内分泌系、情動処理など複数の生理システムと関連する可能性があります。

徒手療法を理解する際にも、このような神経科学や生理学の視点から身体反応を考えることが重要です。

▶︎安全と回復の神経科学とは

結論|ストレス反応は神経と内分泌の統合システム

生体のストレス反応は、SAM系(交感神経‐副腎髄質系)とHPA軸(視床下部‐下垂体‐副腎系)など複数の生理システムによって調節されています。

SAM系は迅速な神経性ストレス反応を担い、HPA軸はホルモンによる長期的なストレス反応を調節します。

さらにストレスは痛み、睡眠、情動などとも相互に影響する可能性があります。

ストレス反応を理解するためには、神経系と内分泌系を含む統合的な生理システムとして捉えることが重要です。

 


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