はじめに|腸内細菌叢と慢性疼痛
近年のペインサイエンスでは、慢性疼痛は単なる組織損傷だけではなく、神経系、免疫系、生活習慣など複数の要因が関与する現象として理解されています。
近年、腸内細菌叢(gut microbiota)が免疫系、神経系、代謝系に影響を与えることが多くの研究で報告されています。
とくに腸と脳の相互作用は「腸脳軸(gut-brain axis)」と呼ばれ、神経疾患や精神疾患だけでなく、慢性疼痛との関連も注目されています。
慢性疼痛や線維筋痛症の患者では、腸内細菌叢の変化がみられるという研究も報告されています。
また、食生活の内容が炎症や免疫反応に影響し、それが痛みの強さに関与する可能性も指摘されています。
このことから、徒手療法や運動療法だけでなく、日常の食生活の改善が慢性疼痛の管理に関与する可能性が示唆されています。
腸脳軸(gut-brain axis)と慢性疼痛
腸と脳は神経系、免疫系、ホルモン系などを通じて相互に影響し合うことが知られており、この関係は「腸脳軸(gut-brain axis)」と呼ばれています。
近年の研究では、腸内細菌叢がこの腸脳軸を介して神経系や免疫反応に影響を与える可能性が指摘されています。
腸内環境の変化は炎症反応や神経活動に影響し、それが痛みの調節にも関与する可能性があると考えられています。
このような背景から、慢性疼痛の理解においても腸内細菌叢や食生活が注目されるようになってきました。
腸内細菌叢と慢性疼痛の関係
「腸内細菌叢は炎症性疼痛、頭痛、神経障害性疼痛、オピオイド耐性、末梢性感作、中枢性感作などと関与している可能性がある。
腸内細菌叢由来のメディエーターは末梢感作の誘導のための重要なモジュレーターとして機能し、一次侵害受容ニューロンの興奮性を調節する。
中枢神経系では、腸内細菌叢由来のメディエーターが神経炎症を調節し、中枢感作の誘導と維持に関与する可能性がある。
したがって腸内細菌叢は末梢および中枢神経系の疼痛を調節し、食事および薬物療法による腸内細菌叢への介入は慢性疼痛の管理のための新しい治療戦略となる可能性がある。」
「Pain regulation by gut microbiota: molecular mechanisms and therapeutic potential」
Ran Guo, Li-Hua Chen, Chungen Xing and Tong Liu
この研究では、腸内細菌叢が末梢性感作や中枢性感作、神経炎症、侵害受容ニューロンの興奮性などに関与する可能性が示唆されています。
つまり腸内環境の変化が、神経系の感作を通じて慢性疼痛に影響する可能性があるということです。
慢性疼痛と食生活|何を控え、何を摂取すべきか
慢性疼痛と食生活の関係については、炎症反応や腸内細菌叢の変化を通じて影響する可能性が指摘されています。
一般的に、慢性炎症を促進する可能性がある食事としては、過剰な糖質、精製された炭水化物、高度加工食品などが挙げられます。
これらの食事は血糖変動や炎症反応を増加させる可能性があり、その結果として痛みの感受性に影響する可能性があります。
一方で、炎症反応を抑える食事としては、野菜や果物、魚、ナッツ、オリーブオイルなどを多く含む食事が挙げられます。
これらは地中海食に代表される食事パターンであり、慢性炎症や心血管疾患などに対して有益な効果が報告されています。
慢性疼痛の観点から見ても、過剰な糖質や加工食品を控え、野菜や魚などを中心とした食生活を心がけることが重要である可能性があります。
低炭水化物食は痛みを軽減するのか|膝関節症の研究
「変形性膝関節症の65歳から75歳までの21人の成人参加者を対象に、低炭水化物食(LCD)、低脂肪食(LFD)、通常食(CTRL)を比較した。
12週間にわたり、低炭水化物食は低脂肪食および通常食と比較して疼痛強度および不快感を軽減した。
低炭水化物食は酸化ストレスとアディポカインレプチンを有意に減少させた。
酸化ストレスの減少は機能的疼痛の減少と関連していた。」
The Effect of Low-Carbohydrate and Low-Fat Diets on Pain in Individuals with Knee Osteoarthritis」
Larissa J. Strath
この研究では、低炭水化物食が疼痛軽減と関連していました。
高炭水化物食は炎症誘発性サイトカイン、酸化ストレス、最終糖化産物(AGE)などを増加させる可能性があり、これらは疼痛感受性の増加と関係する可能性があります。
また動物研究では、高脂肪・高炭水化物食が脊髄ミクログリアの活性化を高め、炎症性疼痛の過敏性を延長させることも報告されています。
これらの研究は、糖質過剰な食事が炎症や痛みに影響する可能性を示唆しています。
線維筋痛症と腸内細菌叢の研究
「線維筋痛症患者77人とコントロール79人の腸内細菌叢を比較した。
腸内細菌叢の変化は線維筋痛症関連の変数によって説明され、痛みの強さ、痛みの分布、疲労、睡眠障害、認知症状などの重症度と相関していた。」
Altered microbiome composition in individuals with fibromyalgia
Amir Minerbia
この研究では、線維筋痛症患者の腸内細菌叢に特徴的な変化が認められ、症状の重症度との関連も報告されています。
また線維筋痛症は過敏性腸症候群、慢性疲労症候群、間質性膀胱炎などと症状が重なることが多く、これらの疾患でも腸内細菌叢の変化が報告されています。
線維筋痛症と抗炎症食・地中海食
「炎症誘発食は線維筋痛症患者の疼痛過敏と関連していた。
線維筋痛症患者では炎症性サイトカインの上昇が観察されている。
抗炎症食は野菜や果物を豊富に摂取し、鶏肉や魚などの低脂肪タンパク質、オリーブオイルやナッツなどの脂肪を適度に摂取し、精製穀物を制限する食事である。
抗炎症食は疼痛過敏を軽減する可能性がある。」
Dietary Inflammatory Index Scores Are Associated with Pressure Pain Hypersensitivity in Women with Fibromyalgia María Correa-Rodríguez
抗炎症食の代表例としては、地中海食、野菜や果物中心の食事、精製糖質を抑えた食事などが挙げられます。
これらの食事は炎症反応を抑え、慢性疼痛の症状に影響する可能性があります。
結論
これらの研究から、腸内細菌叢は炎症性疼痛、神経障害性疼痛、末梢性感作、中枢性感作、慢性疼痛などと関係している可能性が示唆されています。
また、線維筋痛症などの慢性疼痛では腸内細菌叢の変化が報告されており、痛みの強さや疲労、睡眠障害などの症状との関連も示されています。
さらに研究では、低炭水化物食、抗炎症食、地中海食などの食事が炎症反応や酸化ストレスを低下させ、疼痛の軽減に関与する可能性が示されています。
慢性疼痛の理解は、構造的な問題だけではなく、神経系、炎症、生活習慣、食生活などを含めた多角的な視点が必要です。
臨床においても、徒手療法や運動療法だけではなく、患者の食生活や生活習慣を含めた包括的なアプローチが重要になる可能性があります。
腸内細菌叢や食生活の改善は、慢性疼痛に対する有望なアプローチの一つとして検討される価値があると考えられます。
セラピストにとって重要なのは、徒手療法や運動療法だけでなく、患者の生活習慣全体を評価する視点です。
慢性疼痛の背景には、活動量、睡眠、ストレス、そして食生活などが複雑に関与している可能性があります。
必要に応じて食生活の改善について助言することも、慢性疼痛管理の一つの視点になるかもしれません。
関連コラム|ペインサイエンスの理解を深める

