はじめに|DNFCとは何か
痛みは単に身体の組織損傷によって生じるわけではありません。
神経科学の研究では、痛みは脳と脊髄のネットワークによって調節されていることが知られています。
その代表的な現象の一つが DNIC(Diffuse Noxious Inhibitory Control) です。
DNICでは、強い痛み刺激が別の痛みを抑制することがあります。
しかし慢性疼痛の研究では、これとは逆の現象も報告されています。
それが DNFC(Diffuse Noxious Facilitatory Control) と呼ばれる状態です。
DNFCでは、侵害刺激が痛みを抑制するのではなく、逆に痛みを増幅させる方向に働く可能性があります。
DNFCとは何か
DNFCとは、侵害刺激によって痛みが抑制されるのではなく、逆に増強される神経現象を指します。
通常、侵害刺激が入力されると、脳幹から脊髄へ向かう下行性疼痛抑制系が働きます。
このシステムは痛み信号を抑制する役割を持っています。
しかし慢性疼痛では、この抑制機構が十分に働かない場合があります。
さらに一部の研究では、痛み信号を増強する 下行性疼痛促通系 が活性化している可能性も指摘されています。
この状態では
侵害刺激
↓
鎮痛反応
ではなく
↓
疼痛増幅
という反応が起こることがあります。
下行性疼痛調節系
痛みの調節には、脳幹から脊髄へ向かう神経ネットワークが重要な役割を持っています。
このネットワークには
・中脳水道周囲灰白質(PAG)
・延髄腹内側部(RVM)
などが関与しています。
これらの領域は、脊髄後角の痛み信号を抑制したり、逆に促通したりすることができます。
つまり脳は
・痛みを抑えることも
・痛みを増やすことも
できるシステムを持っています。
DNFCは、この促通側のシステムが優位になる状態として理解されることがあります。
DNICとの違い
DNFCを理解するためには、DNICとの違いを整理する必要があります。
DNICでは
侵害刺激
↓
下行性疼痛抑制
↓
痛み軽減
という反応が起こります。
一方DNFCでは
侵害刺激
↓
下行性疼痛促通
↓
痛み増強
という反応が起こる可能性があります。
つまり同じ侵害刺激でも、神経系の状態によって反応が異なる場合があります。
慢性疼痛との関係
慢性疼痛の研究では、下行性疼痛抑制系の機能低下が報告されています。
この現象は Conditioned Pain Modulation(CPM)の低下 として研究されることが多くあります。
CPMは人間におけるDNICに近い現象です。
線維筋痛症などの慢性疼痛では、このCPM反応が弱いことが報告されています。
このような状態では、侵害刺激による鎮痛反応が弱くなり、痛みが持続しやすくなる可能性があります。
さらに一部の研究では、疼痛促通系が活性化している可能性も示唆されています。
このような神経状態が、DNFCとして観察されることがあります。
中枢性感作との関係
DNFCは 中枢性感作 と密接に関係しています。
中枢性感作では、脊髄後角ニューロンの興奮性が増加し、痛み信号が増幅されます。
この状態では
- 痛覚過敏
- 異痛症
- 関連痛
などが生じることがあります。
下行性疼痛促通が強くなると、このような神経状態がさらに強化される可能性があります。
臨床的な意味
DNFCという概念は、痛みが単純な刺激反応ではないことを示しています。
同じ刺激でも
- 鎮痛反応が起こる場合
- 痛み増強が起こる場合
があります。
これは神経系の状態によって反応が変わるためです。
そのため慢性疼痛を理解する際には、組織損傷だけではなく、神経系の調節機構を考える必要があります。
結論
DNFCは、侵害刺激が痛みを抑制するのではなく、逆に増幅する可能性がある神経現象です。
慢性疼痛では
- 下行性疼痛抑制の低下
- 疼痛促通の増加
- 中枢性感作
などが組み合わさり、痛みが増幅されることがあります。
このような神経状態では、強い刺激や侵害刺激が必ずしも有効とは限りません。
むしろ侵害刺激は、神経系の警戒状態を高め、痛みを増幅させる可能性もあります。
そのため近年のペインサイエンスでは、痛みを与える刺激ではなく、神経系が安全と感じる刺激を用いるアプローチの重要性が指摘されています。
侵害刺激を伴わない穏やかな刺激は、神経系に対する入力として中枢神経へ伝わり、身体の状態変化に影響する可能性があります。
この視点から見ると、痛みを与えない徒手療法という考え方は、ペインサイエンスの理解と整合するアプローチであると言えます。
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