筋肉のコリはなぜ起こるのか|逃避反射と筋緊張の神経科学
痛みを感じたとき、身体は無意識に防御反応を起こします。
例えば熱いものに触れた瞬間に手を引っ込める、痛みのある部位をかばう、身体を固めるといった反応です。
このような反応は、神経系による防御反応として理解されています。
臨床では筋肉のコリ、筋緊張、筋性防御などの現象として観察されることがあります。
肩こりや腰痛で「鉄板のように硬い」と感じる筋肉も、このような神経系の防御反応と関係している可能性があります。
逃避反射とは何か(コリの神経メカニズム)
逃避反射(withdrawal reflex)は、侵害刺激に対して身体を守るために起こる反射です。
逃避反射は屈曲反射や引っ込め反射とも呼ばれ、Flexion Reflex / Withdrawal Reflex と表現されます。
侵害刺激が加わったとき、四肢を引っ込めて刺激から遠ざかろうとする脊髄反射であり、防御反応として機能します。
筋肉を収縮できるのは中枢神経系、つまり脳と脊髄です。
侵害受容器が刺激に反応すると、その情報は脊髄後角の介在ニューロンを介して屈筋のα運動ニューロンへ伝達されます。
その結果、同側の屈筋が収縮する屈筋反射が生じ、同時に対側では伸筋が収縮する交叉性伸展反射が起こります。
これは多シナプス性反射であり、局所だけでなく全身の筋活動に影響する可能性があります。
侵害刺激とは侵害受容器を介して生じる刺激であり、Aδ線維による一次痛とC線維による二次痛によって伝達されます。
また逃避反射は、対象者の意識に上る閾値以下の侵害受容入力でも起こる場合があります。
つまり痛みを感じていなくても、無意識的に筋緊張が生じる可能性があります。
侵害受容が続く場合に起こる反応
侵害受容が一時的であれば、逃避反射も短時間で終わります。
しかし侵害受容入力が持続すると、防御反応としての逃避反射も持続する可能性があります。
つまり侵害受容入力によって逃避反射が生じ、その結果として筋収縮が起こるという反応が繰り返されることがあります。
侵害受容性刺激が続く場合は、α運動ニューロンやγ運動ニューロンの活動も持続しやすくなり、筋収縮が持続的に生じる可能性があります。
また筋活動には、末梢神経が過度に引き伸ばされることを防ぐ働きもあります。
これらの反応は脊髄反射として生じるため、多くの場合は無意識的に起こります。
逃避反射と筋緊張(筋肉のコリ)
侵害刺激が持続すると、筋肉の活動状態が変化することがあります。
痛みのある部位では周囲の筋肉が緊張した状態になることがあり、この現象は筋緊張(muscle guarding)と呼ばれることがあります。
筋緊張には関節の動きを制限し、組織を保護する役割がある可能性があります。
「筋緊張は欠陥ではなく、痛みに関連した神経系の防御反応(運動出力の異常)です。」DNM創始者 Diane Jacobs.
逃避反射による慢性的な筋緊張は、末梢神経とその血管を圧迫する可能性があります。
さらに身体を動かすことで神経にテンションがかかり、「動かすと痛い」という動作時痛や可動域制限が生じることがあります。
疼痛適応モデル/Pain Adaptation Model(痛みによる運動変化)
痛みによる筋活動の変化を説明するモデルとして Pain Adaptation Model(Lund et al., 1991) が提案されています。
このモデルでは、痛みが存在するとアゴニスト筋の活動が低下し、アンタゴニスト筋の活動が増加する可能性が示されています。
ここでいうアゴニスト筋(agonist muscle)とは、ある動作を行う際に主に働く筋肉を指します。
例えば肘を曲げる動作では上腕二頭筋がアゴニストとして働きます。
一方でアンタゴニスト筋(antagonist muscle)とは、その動作とは反対の働きをする筋肉です。
肘を曲げる動作の場合、肘を伸ばす働きを持つ上腕三頭筋がアンタゴニストになります。
Pain Adaptation Modelでは、痛みが存在すると関節を動かす主動作筋であるアゴニストの活動が低下し、関節を安定させる方向に働くアンタゴニストの活動が増加する可能性が示されています。
つまり神経系が関節を保護するために運動パターンを調整している可能性があります。
この視点では、筋緊張や運動制限は損傷ではなく、防御的な適応反応として理解されます。
脊柱のこわばりは保護反応の可能性
慢性の非特異的腰痛患者を対象とした研究では、脊柱のこわばり(lumbar stiffness)と痛覚閾値の関係が調べられています。
慢性の非特異的腰痛の方132人を対象にした研究では、脊柱のこわばりが強い被験者ほど圧痛閾値が高い、つまり痛みの感度が低いことが報告されています。
「脊柱の硬さ(こわばり)が強い被験者は、圧痛閾値も高かった。(すなわち、痛みの感度が低かった)」
「腰部のこわばりの増加は、腰部内の侵害受容の活性を低下させ、圧痛閾値を上げる、適応的な機械的保護システムの一部として説明できる可能性がある。」
「痛みは、保護反応と考えられることから、脊柱がこわばると、保護反応が少なくて済み、結果的に力に耐える能力が高まる。(すなわち、圧痛閾値が高くなる)」
A cross-sectional analysis of persistent low back pain, using correlations between lumbar stiffness, pressure pain threshold, and heat pain threshold
この研究は、身体のこわばりが単なる機械的な問題ではなく、神経系による防御反応として理解できる可能性を示しています。
侵害受容入力が続くと、身体はその部位を守るために筋活動や組織の緊張を高めることがあります。
その結果として生じる身体のこわばりは、組織の異常ではなく、侵害受容に対する神経系の適応反応の一部として説明できる可能性があります。
この視点は、筋肉のコリや身体の硬さを単純な「異常」や「構造問題」として捉えるのではなく、防御反応として理解する重要性を示唆しています。
侵害受容性屈曲反射の研究
「侵害受容性屈曲反射は、刺激部位とは独立して、四肢全てにおいて検出することができる。」
「侵害受容性屈曲反射”調節”の根底にあるメカニズムは不完全に理解されたままであるが、内因性オピオイドとセロトニン作動系を暗示する実質的な証拠がある。」
「主観的な疼痛感覚の増加と共に、侵害受容性屈曲反射の促進は、二次痛覚過敏の人において実証された。」
The nociceptive flexion reflex in humans – review article
V. Skljarevskia, N.M. Ramadana
この研究は、侵害受容性屈曲反射が単純な脊髄反射だけではなく、脳からの下行性調節によって影響を受ける可能性を示しています。
内因性オピオイドやセロトニン作動系が関与することで、屈曲反射が抑制される、つまり筋収縮が弛緩する可能性があります。
これは神経系が疼痛入力を調整し、防御反応としての筋活動を変化させている可能性を示唆しています。
「一般的に、患者を対象とした、侵害受容性屈曲反射の研究は、健康なボランティアに対して実施されたものほど一貫した結果は得られていない。」
The nociceptive flexion reflex in human
V. Skljarevskia, N.M. Ramadana
この結果は、臨床の疼痛患者では神経系の状態が多様であることを示唆しています。
慢性疼痛では中枢性感作や疼痛調節機能の変化などが起こる可能性があり、単純な反射モデルだけでは説明できない場合があります。
このような反射活動は、脊髄レベルだけで決まるわけではありません。
脳幹を中心とした下行性疼痛抑制系が働くことで、脊髄の侵害受容処理や逃避反射が調節される可能性があります。
下行性疼痛抑制系が活性化すると、脊髄後角の侵害受容ニューロンや介在ニューロンの活動が抑制され、侵害受容性屈曲反射が抑制されることがあります。
このとき下位運動ニューロンへの出力が減少し、横紋筋の活動が低下することで筋緊張が減少する可能性があります。
このような調節には、脳内から放出される神経伝達物質が関与すると考えられています。
代表的なものとして
・内因性オピオイド
・セロトニン
・ノルアドレナリン
などが知られており、これらは鎮痛作用だけでなく、鎮静感、安心感、快適感覚、眠気などの主観的体験にも関与すると考えられています。
このように神経系では、侵害受容入力に対して防御反応として筋活動が高まる場合もあれば、下行性調節によって筋活動が抑制される場合もあります。
つまり筋肉の緊張状態は、単なる筋肉の問題ではなく、神経系による運動出力の調節の結果として変化している可能性があります。
強い刺激とDNIC
強いマッサージなどの刺激によって、その場で筋肉が緩むように感じることがあります。
この現象の一つの説明としてDNIC(Diffuse Noxious Inhibitory Controls:広汎性侵害抑制調節)が知られています。
DNICは現在ではConditioned Pain Modulation(CPM)とも呼ばれる現象です。
DNICは「痛みが別の痛みを抑制する」という神経現象です。
強い侵害刺激が加わると、脳幹を介した下行性疼痛抑制系が働き、一時的に痛みが軽減することがあります。
しかしこの効果は一時的な鎮痛反応である可能性があります。
肩こりや腰痛で「鉄板のように硬い」と感じる筋肉に対して強いマッサージを繰り返すと、一時的に楽になることがあります。
しかしこれはDNICによる鎮痛反応の可能性があり、侵害刺激が続くと防御反応としての筋緊張がさらに強くなる場合があります。
そのため強い刺激に通うほど筋肉が硬く感じられるという現象が起こることがあります。
結論
逃避反射は、侵害刺激から身体を守るために生じる脊髄反射です。
侵害受容入力が持続すると、防御反応としての逃避反射も持続する可能性があります。
その結果として筋収縮が持続し、筋緊張や筋性防御が生じることがあります。
「いくつかのタイプの慢性的な筋骨格性疼痛に特徴的な『機能障害』は、正常な保護適応であり、痛みの原因ではないことを示唆している。」
A critical evaluation of the trigger point phenomenon
このような神経系の防御反応は、臨床では「筋肉のコリ」や「鉄板のように硬い筋肉」として感じられることがあります。
しかし神経科学の視点から見ると、これらの筋緊張は組織の異常というよりも、侵害受容入力に対する神経系の防御反応として生じている可能性があります。
そのため筋肉のコリは、痛みの原因というよりも侵害受容に対する神経系の防御反応の結果として生じる状態と理解することができます。
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