中枢性感作とは何か|慢性疼痛の神経科学

ペインサイエンス
目次

はじめに|中枢性感作とは何か

慢性疼痛の臨床では、画像検査や組織所見と痛みの強さが一致しないケースが多く見られます。

椎間板ヘルニアがあっても無症状の人が存在し、逆に明確な組織損傷が確認できないにもかかわらず強い痛みが続く場合もあります。

このような現象を理解するために重要な概念が 中枢性感作(central sensitization) です。

中枢性感作とは、脳や脊髄など中枢神経系の神経回路が変化し、侵害受容信号の処理が増幅される現象を指します。

近年のペインサイエンスでは、慢性疼痛の多くにこの神経系の可塑的変化が関与していると考えられています。

痛みは単なる組織損傷の結果ではなく、神経系全体の情報処理の結果として生じる現象です。

この視点は、慢性疼痛の理解を大きく変化させました。

▶︎ ペインサイエンス

中枢性感作の実験研究

中枢性感作の存在は、動物実験によっても確認されています。

ある研究では、ラットの筋肉または膝関節に炎症物質であるカラギーナンを注射し、痛覚過敏の変化が調べられました。

カラギーナンは、動物モデルで急性炎症と痛覚過敏を誘発するために用いられる物質です。

この研究では次の結果が報告されています。

「3%のカラギーナンを筋肉または膝関節のいずれか片側に注射すると、熱や機械的刺激に対する急性の片側性痛覚過敏を引き起こし、1~2週間以内に対側へ広がり、長期持続する(数週間)。」

さらに研究では次のような現象も観察されています。

「屈曲反射の対側の増加は、損傷部位からの求心性入力の遮断によって影響を受けない。」

つまり、痛覚過敏が反対側へ広がる現象は、単純な末梢組織の問題では説明できません。

研究者は次のように結論づけています。

「対側に広がる痛覚過敏は、中枢神経系の可塑的な変化に依存している可能性がある。」

Chronic bilateral hyperalgesia in rats — Radhakrishnan, Moore, Sluka

この研究は、痛覚過敏の拡大が中枢神経系の変化によって生じる可能性を示しています。

中枢性感作の発見と研究の歴史

中枢性感作という概念は、神経科学者 Clifford J. Woolf によって1980年代に提唱されました。

Woolfは1983年の研究で、末梢組織に侵害刺激が加わると脊髄後角ニューロンの興奮性が増大し、痛みの反応が強くなる現象を報告しました。

「Evidence for a central component of post-injury pain hypersensitivity(Woolf, 1983)」では、末梢刺激が中枢神経の興奮性を変化させる可能性が示されました。

この研究は、痛みが単なる末梢組織の問題ではなく、中枢神経系の可塑的変化によって増幅される可能性を示した重要な発見でした。

当時の医学では、痛みは主に組織損傷によって生じると考えられていました。

しかしWoolfの研究は、痛みの強さが必ずしも組織損傷の程度と一致しない理由を説明する理論的枠組みを提供しました。

その後の研究により、脊髄後角ニューロンの興奮性増大やシナプス可塑性など、中枢神経系レベルでの変化が慢性疼痛に関与することが明らかになっていきました。

ペインサイエンスの歴史と理論的転換

痛み研究の歴史では、いくつかの重要な理論的転換が起こっています。

1965年には Melzack と Wall によって ゲートコントロール理論(Gate Control Theory) が提唱されました。

この理論は、痛みが単純な末梢信号ではなく、脊髄レベルの神経回路によって調整される可能性を示しました。

それ以前の医学では、痛みは組織損傷の程度に比例すると考えられていました。

しかしゲートコントロール理論は、触覚刺激などによって痛みが抑制される現象を説明しました。

その後1980年代には、Woolfの研究によって 中枢性感作 の概念が提唱されます。

さらに1990年代以降、脳機能画像研究や神経可塑性研究が進み、痛みは単一の部位ではなく複数の神経回路によって生成される現象として理解されるようになりました。

現在のペインサイエンスでは、痛みは

・末梢神経入力

・脊髄処理

・脳の統合

・情動

・認知

・記憶

・予測

など複数の要因が相互作用する現象と考えられています。

中枢性感作は、その中でも 慢性疼痛を理解する重要な神経学的メカニズムの一つとされています。

▶︎ 慢性疼痛

中枢性感作を理解する主要理論

中枢性感作の理解には、いくつかの神経科学的理論が関係しています。

ゲートコントロール理論

1965年にMelzackとWallによって提唱された理論です。

脊髄後角には痛み信号の伝達を調整する回路が存在し、触覚などの入力によって痛み信号が抑制される可能性が示されました。

この理論は、痛みが単純な末梢信号ではなく神経系の情報処理によって変化することを示した重要な概念です。

DNIC(広汎性侵害抑制調節)

DNIC(Diffuse Noxious Inhibitory Controls)は、強い侵害刺激が別の痛みを抑制する現象です。

現在では 下行性疼痛抑制系 による中枢神経レベルの調整として理解されています。

この現象は、臨床では

・強いマッサージ

・鍼刺激

・カッピング

などで一時的な鎮痛が起こる説明としても利用されることがあります。

予測符号化理論

近年の神経科学では、脳は感覚情報を受動的に受け取るのではなく、予測と誤差の更新によって知覚を生成すると考えられています。

痛みも同様に、末梢入力だけではなく

・脳の予測

・文脈

・情動

・注意

によって変化する可能性があります。

この視点では、痛みは単なる入力ではなく 脳が生成する知覚として理解されます。

中枢性感作とは何か

中枢性感作とは、侵害刺激の入力に対して中枢神経系の反応が過剰になる状態を指します。

通常、侵害受容器からの入力は脊髄後角を経由して脳へ伝達されます。

しかし刺激が持続した場合、脊髄後角の神経細胞の興奮性が変化し、同じ刺激でもより強い痛みとして処理されるようになります。

この過程では以下のような神経生理学的変化が報告されています。

・脊髄後角ニューロンの興奮性増加

・シナプス可塑性の変化

・NMDA受容体活性化

・抑制系神経の機能低下

その結果、痛みの信号処理が増幅され、痛みの経験が持続しやすくなります。

中枢性感作はなぜ起こるのか

中枢性感作は、多くの場合、末梢神経からの侵害入力が長期間持続することで誘導されると考えられています。

侵害刺激が繰り返し入力されると、脊髄後角ニューロンの興奮性が変化し、神経回路の可塑性が生じます。

この変化により、入力が減少した後でも痛みの処理が増幅された状態が持続する可能性があります。

その結果、痛みの強さが組織状態と一致しない現象が生じることがあります。

▶︎ 末梢性感

中枢性感作で起こる症状|痛覚過敏・異痛症・関連痛

中枢性感作が生じると、痛みの特徴が通常とは異なる形で現れます。

臨床では次のような現象が知られています。

痛覚過敏(hyperalgesia)

通常であれば軽度の侵害刺激であるはずの刺激が、過剰な痛みとして感じられる状態です。

例えば軽い圧刺激でも強い痛みを感じる場合があります。

アロディニア(allodynia)

通常は痛みを伴わない刺激が痛みとして知覚される状態です。

衣服が触れる程度の刺激や軽い触覚でも痛みを感じることがあります。

▶︎ アロディニア

痛みの拡大

痛みの範囲が組織損傷の部位を超えて広がる現象です。

局所の問題だけでは説明できない広範囲の痛みとして現れる場合があります。

関連痛

刺激部位とは離れた場所に痛みが生じる現象です。

これは脊髄後角での神経入力の統合により生じると考えられています。

線維筋痛症研究と中枢性感作

中枢性感作は、線維筋痛症などの慢性疼痛疾患の研究でも議論されています。

ある研究では、線維筋痛症患者の痛みについて次のように説明されています。

「中枢神経系は、末梢有害刺激の特定の性質を直接反映するのではなく、むしろ中枢神経系伝導路の特定の機能状態を反映する形で、痛みの程度、持続時間、空間的広がりを増大させる可能性がある。」

さらに研究では、侵害受容入力が中枢神経の可塑性を変化させる可能性が指摘されています。

「侵害受容性入力は、中枢性感作の現象である中枢性侵害受容伝導路ニューロンの興奮性とシナプスの変化を長期に渡って可逆的に増加させる可能性がある。」

また、中枢性感作は次のような症状として現れるとされています。

「中枢性感作は、痛覚過敏、特に動的触覚アロディニア、点状または圧迫性の二次的痛覚過敏として現れる。」

この研究では、圧痛点についても次のように説明されています。

圧痛点は、末梢性感作と中枢性感作が組み合わさった状態として理解される可能性があります。

さらに興味深い結果として、次のような報告もあります。

「局所麻酔薬を用いた硬膜外ブロックにより、線維筋痛症患者の痛みと圧痛点の痛みが完全に消失した。」

Pain Analysis in Patients with Fibromyalgia

この結果は、線維筋痛症の痛みが中枢神経の変化だけではなく、末梢求心神経入力にも依存している可能性を示しています。

中枢性感作と末梢神経入力

中枢性感作は中枢神経系の変化ですが、完全に独立した現象ではありません。

多くの場合、末梢神経からの持続的な入力が中枢神経の可塑性を引き起こすと考えられています。

侵害刺激が長期間続くと、脊髄後角での神経活動が増強され、神経回路の再構成が起こります。

その結果、入力が減少した後でも痛みの処理が変化した状態が持続することがあります。

このような状態では、痛みの強さが組織状態と一致しないことが生じます。

下行性疼痛抑制系との関係

痛みの処理は単に入力が増えるだけではありません。

脳から脊髄へ向かう 下行性疼痛抑制系(descending pain inhibitory system) も重要な役割を持っています。

通常このシステムは、脳幹から脊髄へ抑制信号を送り、痛み信号を調整します。

しかし慢性疼痛では、この抑制機構が十分に機能しない可能性が指摘されています。

その結果、脊髄レベルでの痛み信号が過剰に伝達されやすくなります。

▶︎ 疼痛抑制

徒手療法と中枢神経

徒手療法や運動療法の効果も、単純な構造変化だけで説明することは難しい場合があります。

皮膚や末梢神経への刺激は脊髄や脳に入力され、痛み処理ネットワークに影響を与える可能性があります。

そのため徒手療法の作用を理解する際には、筋肉や関節の構造だけではなく、末梢神経入力と中枢神経の情報処理という視点が重要になります。

結論

中枢性感作とは、脳や脊髄など中枢神経系の神経回路が変化し、痛み信号の処理が増幅される現象です。

この現象により

・痛覚過敏

・異痛症

・痛みの拡大

・関連痛

などが生じる可能性があります。

慢性疼痛を理解するためには、組織損傷だけではなく、末梢神経入力と中枢神経処理の相互作用を考える必要があります。

近年のペインサイエンスは、痛みを単なる組織問題ではなく、神経系全体の情報処理として理解する重要性を示しています。

 


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