はじめに|運動はなぜ慢性疼痛に良いのか
運動は慢性疼痛に良いとされていますが、実際はどんなことで鎮痛が起きているのかと気になったことはありませんか?
その原因は中枢神経系にあったのです。
慢性疼痛に対して運動療法が推奨されることは多くのガイドラインでも示されています。
しかし、運動がどのような生理学的メカニズムによって痛みを減少させるのかは、単純な筋力や姿勢の問題だけでは説明できません。
近年の研究では、運動による鎮痛の多くが
神経系の調整
によって起きている可能性が示唆されています。
運動療法による鎮痛の研究
「2010年に行われた37件のランダム化比較試験のレビューでは、腰痛に対する運動療法は、通常のケアと比較して、痛みの強さが減少し、障害と長期的な機能が改善されたことが明らかになった。」
「ある特定の種類の運動が別の運動よりも優れているというエビデンスはなかった。」
「推定される生体力学的欠陥を運動で修正できない場合でも、痛みや機能の改善には有益であることが証明されている。」
「局所的な慢性疼痛患者では、痛みのある部位の外側の筋肉を運動させると、痛みのある部位の圧感受性が低下したが、痛みのある筋肉の運動は、痛みの感受性を高める傾向があった。」
「運動による疼痛緩和に関与するメカニズムは多因子的である。この効果の重要な寄与因子として考えられるのは、内因性オピオイドの放出と、脊髄および上脊髄の疼痛抑制伝導路の活性化である。」
Exercise Therapy for Chronic Pain
Heather R. Kroll, MD
運動誘発性鎮痛(Exercise-Induced Hypoalgesia)
運動後に痛みの感受性が低下する現象は
運動誘発性鎮痛(Exercise-Induced Hypoalgesia)
と呼ばれています。
運動を行うことで
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内因性オピオイド
-
セロトニン
-
ノルアドレナリン
などの神経伝達物質が変化し、
下行性疼痛抑制系
が活性化されると考えられています。
下行性疼痛抑制系とは、脳から脊髄へ痛みを抑える信号を送る神経回路です。痛みは末梢から脳へ一方向に伝わるだけではなく、脳から脊髄へ抑制信号も送られています。
運動による鎮痛は、この神経系の調整によって起こる可能性があります。
有酸素運動と慢性炎症
さらに近年の研究では、有酸素運動による慢性炎症の低下も、疼痛減少の要因として注目されています。
慢性疼痛患者では、肥満や内臓脂肪の増加、慢性炎症などが関連することがあります。内臓脂肪は単なる脂肪の蓄積ではなく、炎症性サイトカインを分泌する代謝活性の高い組織として知られています。
例えば、TNF-α、IL-6、CRPといった炎症関連物質が増加すると、神経系の感作が起こりやすくなる可能性があります。
有酸素運動によって内臓脂肪が減少すると、これらの炎症性サイトカインのレベルも低下することが報告されています。その結果、慢性炎症の状態が軽減し、痛みの感受性が低下する可能性が指摘されています。
このように、運動による鎮痛効果は、神経系の調整だけでなく、炎症の低下という生理学的変化の両面から説明できる可能性があります。
結論|運動で痛みが軽くなる理由(運動誘発性鎮痛)
研究から分かっていることは次の通りです。
・運動には鎮痛効果があり、身体機能の改善も期待できる。
・特定の運動(ストレッチ、筋トレ、有酸素運動など)が特別に優れているという明確な根拠はない。
・バイオメカニクスの問題が残っていても、運動によって鎮痛が起こることがある。
・痛みがある部位を直接使う運動では痛みの感受性が高まる場合があるが、痛みの外側の部位を使う運動では圧痛感受性が低下する可能性がある。
・運動誘発性鎮痛(Exercise-Induced Hypoalgesia)の重要な要因として、内因性オピオイドや疼痛抑制系の働きがある。
・有酸素運動では内臓脂肪の減少や慢性炎症の低下が起こり、結果として鎮痛に寄与する可能性がある。
これらをまとめると、運動による鎮痛の中心的なメカニズムは神経系の働きであると考えられます。
特に、
・中枢神経系からの内因性オピオイドの放出
・下行性疼痛抑制系(descending pain inhibition)の活性化
といった神経系の反応が、運動後の痛みの軽減に関与している可能性があります。
つまり、
運動による鎮痛 = 神経系の働き
と理解することができます。
また、運動療法や疼痛に対するエクササイズには多くの種類がありますが、どの運動が最も鎮痛効果が高いのかについては現在のところ明確な科学的根拠はありません。
そのため実際の運動選択では、
・痛みが増えない
・継続できる
・楽しんで行える
といった要素を重視することが重要になります。
さらに、運動による鎮痛が中枢神経系の働きと関係するのであれば、運動の効果は身体の動きだけで決まるわけではありません。
例えば次のような要因も影響する可能性があります。
・運動前後のコンテキスト(状況)
・セラピストやトレーナーとの関係
・言葉のかけ方や説明
・空間や環境
・その日の気分
・家庭環境や社会環境
このような視点から見ると、運動を単純に
「筋肉を鍛えるもの」
「構造を改善するもの」
として理解するだけでは十分ではありません。
慢性痛に対する運動療法では、
生物学(Bio)
心理(Psycho)
社会(Social)
を統合して考える バイオサイコソーシャルモデル と、ペインサイエンスの視点を忘れてはならないのです。
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