翼状肩甲とは何か
翼状肩甲とは、肩甲骨の内側縁や下角が胸郭から浮き上がってみえる状態を指します。
内側翼状化とは、肩甲骨の内側縁が胸郭から浮き上がって目立つ状態で、前鋸筋の機能低下でみられやすい所見です。
外側翼状化とは、肩甲骨の外側への偏位や下制を伴いながら肩甲骨全体の位置が崩れ、外側に引かれるように浮いてみえる状態で、脊髄副神経障害による僧帽筋の機能低下でみられやすい所見です。
一般的に、前鋸筋の機能低下では内側翼状化が目立ちやすく、脊髄副神経障害による僧帽筋の機能低下では外側翼状化が目立ちやすいとされています。
ただし、実際の臨床では単純に二分できない症例もあります。
必ずしも疼痛が主ではない
翼状肩甲では、肩や肩甲骨周囲の痛みが現れることもありますが、必ずしも疼痛が主症状とは限りません。
患者様によっては、腕が上がりにくい、壁を押す動作が弱い、肩甲帯が不安定、疲れやすいといった運動障害が中心になります。
しびれについても、長胸神経や脊髄副神経は主として運動神経なので、典型例では感覚障害が目立たないことがあります。
一方で、肩甲背神経ニューロパチーや腕神経叢レベルの障害では、肩甲骨内側部痛や異常感覚を伴うことがあります。
原因は一つではない
翼状肩甲は、肩甲骨が浮いているという見た目としては分かりやすい所見ですが、それ自体は単一の病名ではありません。
前鋸筋、僧帽筋、菱形筋の機能低下、長胸神経・脊髄副神経・肩甲背神経の障害、外傷、術後、反復性の負荷、特発性のニューロパチーなど、複数の背景で似た所見が生じます。
さらに、神経障害だけでなく、筋の断裂や剥離などの筋骨格系の問題でも翼状肩甲は起こります。
この論文では、肩甲骨の翼状化は一般的な肩関節疾患にみえてしまうことがあり、その結果として診断の遅れや、不必要あるいは適切でない手術につながる可能性があると述べています。
つまり、「肩の局所障害」として処理されやすい一方で、実際には長胸神経、脊髄副神経、肩甲背神経などの神経障害を背景にもつことがあり、見た目だけで単純に判断してはいけないということです。
肩甲骨の翼状化をみたときには、腱板障害や不安定症だけでなく、どの筋が機能低下しているのか、どの神経が関与しているのかを丁寧に見極める必要があると示唆しています。
Ujash Srikumaran, et al.
下記の論文では、翼状肩甲を前鋸筋、僧帽筋、菱形筋の麻痺を背景にもつ機能障害として述べています。
重要なのは、肩甲骨が浮いてみえる所見を一つにまとめず、どの筋が働いていないのか、どの神経が関与しているのかを分けて考えることです。
前鋸筋麻痺は長胸神経、僧帽筋麻痺は脊髄副神経、菱形筋麻痺は肩甲背神経との関連が示されています。
見た目の異常を肩関節の局所問題や姿勢だけで説明せず、末梢神経障害の可能性まで含めてみる必要があります。
Ralph M. Martin, Michael Fish, Fred A. Hawkins.
この論文では、長胸神経障害らしくみえた翼状肩甲が、実際には肩甲背神経障害と肩甲上神経障害の合併だった症例を報告しています。
身体所見では前鋸筋麻痺を疑う所見でしたが、筋電図では菱形筋、棘上筋、棘下筋に異常がみられました。
つまり、翼状肩甲は見た目だけで原因を決められないことがあります。
この症例では、肩甲背神経による菱形筋の機能低下に、肩甲上神経による棘上筋、棘下筋の機能低下が加わり、典型像と異なる見え方になった可能性が示されています。
Seung Yeol Lee, Dohyun Kim, Yang-Soo Kim.
長胸神経障害は典型例である
長胸神経障害は、翼状肩甲の中でも最も典型的な背景です。
長胸神経は比較的長い走行を持ち、牽引、圧迫、スポーツ、頭上での反復動作、外傷、医原性要因などの影響を受けやすい神経です。
この神経の障害によって前鋸筋の機能が低下すると、肩甲骨は胸郭に安定して沿いにくくなり、壁押しや前方へのリーチ、上肢挙上で翼状化が目立ちます。
下記の論文では、長胸神経麻痺による翼状肩甲は、自然に改善する例がある一方で、長く残る例も少なくないと述べています。
治療はまず保存療法ですが、9〜12か月たっても改善が乏しい場合は、長胸神経の除圧術が選択肢になります。
除圧術とは、長胸神経のまわりを横切ったり接したりしている筋膜、結合組織、血管束などによる締め付けを外科的に開放し、神経への圧迫を減らす手術です。
要するにこの論文は、長胸神経麻痺をただ長く待つのではなく、改善しない例では除圧術も検討すべきだと述べたレビューです。
Feiran Wu, Chye Yew Ng.
肩甲背神経障害もみる
この論文では、肩甲骨の内側から上背部の痛みの原因として、肩甲背神経障害が見落とされやすいと述べています。
肩甲背神経は肩甲挙筋や菱形筋に関わる神経で、走行には個人差があります。
とくに中斜角筋まわりは、圧迫や牽引の影響を受ける部位として挙げられています。
症状としては、肩甲骨内側の痛み、上背部の張り感、しびれ感、かゆみ、軽い翼状肩甲、頸部や肩の動かしにくさなどがあります。
痛みが頸部、腋の下、胸の外側、腕の後外側へ広がることもあるとされています。
原因としては、繰り返す挙上動作、重量物の持ち上げ、不良姿勢の持続、交通事故後の外傷、手術後や装具による圧迫などが紹介されています。
要するにこの論文は、肩甲骨内側から上背部の痛みを筋筋膜性疼痛や胸椎由来だけで考えず、肩甲背神経障害も鑑別に入れるべきだと述べた文献です。
Brad Muir.
肩甲骨内側部痛や軽い翼状化をみたときは、肩甲背神経まで視野に入れる必要があります。
どんな人に多いのか
長胸神経障害は、頭上での動作を繰り返すアスリート、たとえば野球、バレーボール、水泳、ウエイトリフティングなどで起こることがあります。
スポーツ選手だけでなく、頭上作業が多い仕事、重量物の反復運搬、押す・引く作業の多い人でもリスクは上がります。
一方、脊髄副神経障害はアスリートよりも、頚部手術などの医原性要因が重要です。
つまり翼状肩甲は「スポーツ障害」と一括りにせず、神経ごとに起こりやすい背景を分けて考えた方が臨床的です。
結論
翼状肩甲は、肩甲帯の運動出力の異常を示す所見です。
その背景には、長胸神経、脊髄副神経、肩甲背神経を中心とした末梢神経障害があり、場合によっては筋骨格系の問題や腕神経叢レベルの障害も関わります。
だからこそ、翼状肩甲を単なる姿勢や動きの異常として処理せず、どの運動出力が落ちているのか、その背景に何があるのかまで読むことが重要です。
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