ストレッチによる可動域変化はサルコメア増加で説明できるのか
ストレッチでは、可動域が広がるのはサルコメアが増えるからだ、という説明が広く使われています。
しかし、ストレッチによる可動域変化を、そのまま直列サルコメア数の増加で説明するのは慎重であるべきです。
現時点では、通常のストレッチによってヒトの直列サルコメア数が増えると、簡単には結論づけられていません。
サルコメアとは何か|筋繊維・筋原線維との違い
サルコメアとは、骨格筋の筋原線維に並ぶ収縮の基本単位です。
骨格筋は、筋束、筋線維、筋原線維という階層で成り立っており、サルコメアは筋原線維の中に長軸方向へ繰り返し並んでいます。
筋線維は骨格筋を構成する細長い筋細胞で、筋原線維はその内部にある収縮構造です。
サルコメアの中では、アクチンとミオシンが規則的に並び、その相対的な位置関係が変わることで張力が発生します。
筋束長の変化と直列サルコメア数の増加は同じではない
まず分けて考えたいのは、筋束長が伸びることと、直列サルコメア数が増えることは同じではないという点です。
筋束長の変化には、筋線維長、サルコメア長、結合組織、測定条件など複数の要因が関わります。
そのため、筋束長が伸びたという所見だけで、直列サルコメア数が増えたとは言えません。
また、可動域変化を考えるときには、筋だけでなく末梢神経の力学的特性も分けて考える必要があります。
ヒト研究ではストレッチ後の直列サルコメア数増加はまだ証明されたとは言えない
下記の論文では、通常のストレッチによってヒトの直列サルコメア数が増えることは、現時点では十分に示されていないと述べられています。
また、仮に直列サルコメア数の増加が起こるとしても、それはストレッチ特有の適応ではなく、筋が長い位置で高い機械的張力が加わる条件の中で生じる可能性があるとされています。
そのため、通常のストレッチによる可動域変化を、そのままサルコメアの増加で説明するのは、現時点では理論的な飛躍があります。
Discussing Conflicting Explanatory Approaches in Flexibility Training Under Consideration of Physiology: A Narrative Review
Konstantin Warneke et al.
動物研究では受動ストレッチ後の直列サルコメア数の増加が示されている
下記の論文では、ラットのヒラメ筋に対する受動ストレッチ後に、直列サルコメア数の増加が示されています。
ただし、この研究で行われたのは、1回1分を10セット、セット間30秒休憩で、これを10日または15日続ける管理条件でした。
しかも介入は麻酔下で実施されており、日常で行われるセルフストレッチとは、張力の管理、反復回数、再現性の面で大きく異なります。
一般的なセルフストレッチは短時間で、張力も自己調整であり、毎回まったく同じ負荷が加わるわけではありません。
そのため、この結果をそのままヒトの通常のストレッチによる可動域改善の説明に用いることはできません。
Regulation of extracellular matrix elements and sarcomerogenesis in response to different periods of passive stretching in the soleus muscle of rats
Sabrina M. Peviani , et al.
ストレッチ以外の特殊条件では直列サルコメア数が増える可能性がある
この研究では、ハムストリングスに対して監督下で行われた9週間のノルディックハムストリングエクササイズ後に、直列サルコメア数の増加が報告されました。
このトレーニングは、ハムストリングスに高い負荷を反復してかける伸張性収縮トレーニングであり、通常の短時間ストレッチとは性質が大きく異なります。総反復数は867回で、4〜5セット、6〜8回程度の反復を重ねる条件でした。
一般的なストレッチが、一定時間伸ばした姿勢を保つことを中心とするのに対して、このトレーニングでは筋が力を発揮しながら引き伸ばされます。
そのため、この結果だけで一般的なストレッチによる可動域改善を説明することはできません。
Multiscale hamstring muscle adaptations following 9 weeks of eccentric training.
M. H. Andrews, et al.
また、下記の論文では、人間の大腿骨延長術後の外側広筋において、筋束長の大幅な増加とサルコメア長の軽度短縮が同時に認められ、直列サルコメア数の増加が示されたと報告されています。
著者らは、この結果から、骨格筋は慢性的な長さ変化に対してサルコメアを直列に付加して適応する可能性があると述べています。
ただし、これは大腿骨延長術後の1症例であり、通常のストレッチの結果としてそのまま一般化することはできません。
Muscle Adaptation by Serial Sarcomere Addition 1 Year after Femoral Lengthening
Jennette L. Boakes, et al.
結論|ストレッチによる可動域変化をサルコメア増加で説明するには証拠が足りない
ストレッチで可動域が広がる理由を、直列サルコメア数の増加だけで説明するのは、現時点では妥当とはいえません。
一方で、動物研究では受動ストレッチ後の増加が報告されており、ヒトでも高負荷の伸張性収縮トレーニングや大腿骨延長術のような特殊条件では、増加の可能性が示されています。
したがって現段階では、直列サルコメア数の増加は特定条件下で起こる可能性があるものの、通常のストレッチによる可動域変化を説明する標準的な理論として採用するには証拠が不足しています。
可動域の変化は、サルコメア増加を前提に単純化するのではなく、筋束長やサルコメア長の変化、さらに神経系の適応や変化も含めて考える必要があります。
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