吻側延髄腹内側部とは何か|下行性疼痛調節系を包括制御する脳幹中枢の解剖生理学
吻側延髄腹内側部(RVM:rostral ventromedial medulla)は、脳幹の延髄腹側、正中近くに位置する神経核群の総称です。
大縫線核(nucleus raphe magnus)や巨大細胞網様核傍部などを含む延髄腹内側部の機能的領域を指します。
ペインサイエンスの文脈において、RVMは中脳水道周囲灰白質(PAG:periaqueductal gray)などから受け取った上位中枢の情報を統合し、脊髄後角へと直接シグナルを送る下行性疼痛調節系の主要な出力領域として位置づけられています。
解剖学的には、大脳皮質や扁桃体、視床下部といった情動や認知に関わる高次領域からの信号が、PAGを介してRVMへ伝達される経路に加え、一部はRVMへ直接投射する経路も存在しています。
RVMからの下行性線維は、脊髄後角の一次侵害受容線維終末や投射ニューロンに対して直接、あるいは介在ニューロンを介して作用し、末梢からの侵害受容情報の伝達効率を変化させています。
生理学的に重要なのは、RVMが痛みを抑制する作用だけでなく、痛みを促進する作用も併せ持つ双方向性の調節システムであるという点です。
この双方向性は、RVM内部に存在する生理学的特性の異なる神経細胞群の活動バランスによって制御されています。
中脳水道周囲灰白質(PAG)とRVMの密接な機能的連関
RVMを理解する上で、中脳水道周囲灰白質(PAG)との関係は欠かせません。
PAGは下行性疼痛調節系の中心的構造の一つであり、前頭前野、扁桃体、視床下部などから入力を受けています。
PAGからRVMへの投射は主にグルタミン酸作動性ですが、GABA作動性およびオピオイド作動性機構も関与しています。
これらの回路は状況に応じてRVM内の神経活動を変化させ、結果として痛みの抑制あるいは促進を引き起こします。
PAGが高次中枢における情動や脅威評価の影響を受けながら大まかな方向性を決定し、RVMが脊髄レベルに対する具体的な出力を担うという機能的連関が形成されています。
ON細胞とOFF細胞による疼痛修飾の動的スイッチング
RVM内のニューロンは、侵害刺激に対する発火特性から主にON細胞、OFF細胞、中立細胞(Neutral cells)の3群に分類されます。
ON細胞は侵害刺激に対する逃避反射の直前に発火頻度が増加し、脊髄後角における侵害受容情報の伝達促進と関連しています。
一方、OFF細胞は逃避反射の直前に発火活動が停止し、この細胞群の活動は侵害受容情報の抑制と関連しています。
正常な状態では、これらON細胞とOFF細胞の活動が動的なバランスを保つことで、生体の状況に応じた疼痛感受性の調節が行われています。
RVMの脳内ネットワークにおける役割|慢性疼痛における下行性促進系の優位化と病態生理
近年のペインサイエンスでは、慢性疼痛の維持には下行性抑制系の機能低下だけでなく、下行性促進系の機能亢進も関与している可能性が示されています。
持続的な侵害入力や高次脳領域における脅威評価の変化に伴い、PAGからRVMへの入力バランスやRVM内ニューロンの発火特性、神経伝達特性の変化が報告されています。
動物実験では、炎症性疼痛や神経障害性疼痛モデルにおいてON細胞活動の増加とOFF細胞活動の低下が認められています。
また、セロトニン作動性およびグルタミン酸作動性システムを介した下行性調節機構の変化が、痛覚過敏やアロディニアの維持に関与する可能性が示唆されています。
一部の予測処理モデルでは、PAGやRVMを含む下行性調節系の機能変化が、感覚入力に対する脳の注意配分や脅威評価に影響する可能性が議論されています。
ここでいう確信度とは、脳が予測と実際のズレをどれほど重要と判断するかという指標を意味します。
RVMを介した下行性促進作用が持続すると、脊髄レベルでの侵害受容情報の処理が変化し、本来は脅威性の低い感覚情報に対しても過剰な意味づけが行われる可能性があります。
その結果として、脳の脅威予測の偏りや疼痛体験の持続に関与する可能性があると考えられています。
慢性疼痛時におけるRVMの変化と画像研究・基礎研究の限界
基礎研究および機能画像研究から得られた客観的な知見を紹介します。
この論文では、痛みの体験が侵害刺激の強さだけで決定されるのではなく、行動状態や環境に応じて脳幹の下行性疼痛調節系が侵害受容情報の伝達効率を変化させることが示されています。
下行性疼痛調節系の主要な出力領域である吻側延髄腹内側部(RVM)は、前頭前野や扁桃体、視床下部、中脳水道周囲灰白質(PAG)などの上位中枢からの入力と、外側腕傍核などを介して伝達される侵害受容関連情報を統合し、脊髄後角における侵害受容処理を抑制または促進します。
動物実験では、炎症性疼痛や神経障害性疼痛モデルにおいてON細胞活動の亢進やOFF細胞活動の低下が認められており、これらの変化が痛覚過敏やアロディニアの維持に関与する可能性が示唆されています。
ただし、これらの知見の多くは基礎研究から得られたものであり、ヒト慢性疼痛への直接的な適用には慎重な解釈が必要です。
Shifting the Balance: How Top-Down and Bottom-Up Input Modulate Pain via the Rostral Ventromedial Medulla.
Qiliang Chen, Mary M. Heinricher
この論文では、慢性神経障害性疼痛患者における脳幹疼痛調節ネットワークの機能的結合について検討しています。
解析の結果、慢性疼痛患者では中脳水道周囲灰白質(PAG)、吻側延髄腹内側部(RVM)、青斑核(LC)などの脳幹疼痛調節ネットワークにおいて、健常者とは異なる機能的結合パターンが認められました。
また、三叉神経脊髄路核を含む侵害受容関連領域との結合変化も観察されており、脳幹レベルにおける疼痛調節システム全体の再編成が生じている可能性が示唆されています。
さらに、これらの脳幹ネットワークは前帯状皮質や島皮質、前頭前野などの高次脳領域とも機能的に結合しており、慢性疼痛では感覚処理だけでなく情動や認知に関連するネットワークとの相互作用も変化している可能性があります。
ただし、本研究は機能的結合を評価した観察研究であり、結合変化が疼痛の原因なのか結果なのかを判断することはできません。
また、fMRIで評価される機能的結合は神経活動そのものを直接測定したものではなく、RVM内部のON細胞やOFF細胞の活動状態を識別できるわけではないため、解釈には限界があります。
Brainstem Pain-Control Circuitry Connectivity in Chronic Neuropathic Pain.
Luke A. Henderson, Paul M. Macey, Luke A. Mills, et al.
結論|慢性疼痛におけるRVMの臨床的な位置づけと末梢神経へのアプローチ
PAGやRVM周辺のネットワークの機能変化や画像研究における結合性の変化は、それ単体で臨床における痛みの強さや主因を直接決定づける根拠にはなりません。
慢性疼痛時における下行性調節システムの変調は、抑制系の機能低下だけでなく、促進系の機能亢進や脊髄レベルでの侵害受容処理の変化を反映している可能性があります。
徒手療法の臨床において、侵害性の高い刺激負荷を繰り返し与えないことは、不要な侵害受容入力の増加を避けるという観点から重要と考えられています。
また、脅威性の低い安全な感覚入力を提供することは、感覚予測誤差への過度な重みづけや脅威予測の偏りを緩和するプロセスを支援し、下行性疼痛調節系や感覚運動ネットワークの不均衡を穏やかにするために有用となる可能性があります。
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