レッドフラッグ・イエローフラッグとは何か
徒手療法の臨床で使われるフラッグとは、診断名そのものではなく、評価や対応の方向を変えるべきサインです。
レッドフラッグは、骨折、悪性腫瘍、感染、馬尾症候群、脊髄症、進行する神経障害、血管障害、内臓由来痛など、見逃してはいけない病態の可能性を示します。
一方、イエローフラッグ、ブルーフラッグ、ブラックフラッグは、主に痛みの慢性化、活動制限、就労困難に関わる心理社会的要因を考えるための枠組みです。
フラッグという言葉は臨床上の警告サインとして広がった
フラッグ/旗という言葉は、評価の中で注意を向けるべき警告サインという意味で使われてきました。
レッドフラッグは、筋骨格系の痛みにみえる患者様の中に、少数ながら重篤な病態が紛れていることを見逃さないための目印として広がった言葉です。
その後、痛みの慢性化や就労困難に関わる心理社会的要因を区別するために、イエローフラッグという言葉が整理されました。
さらに、仕事に対する本人の受け止め方をブルーフラッグ、制度や職場環境など本人の外側にある障壁をブラックフラッグとして分ける考え方が広がりました。
レッドフラッグは見逃してはいけない病態を示すサインである
レッドフラッグは、危険な診断名そのものではありません。
重篤な病態の可能性を疑って、徒手療法をそのまま進めてよいのか、追加の問診や神経学的評価が必要か、画像や医療機関への紹介が必要かを考えるためのサインです。
そのため、単独の項目だけで判断するのではなく、経過、悪化の仕方、既往歴、全身の状態、普段飲んでいる薬、神経所見を含めて考える必要があります。
レッドフラッグの文脈では、薬歴も重要です。
長期ステロイド使用は、骨粗鬆症に伴う骨折の手がかりになります。
免疫抑制剤、抗癌薬、生物学的製剤などは感染リスクを考えるうえで重要です。
ちなみに、生物学的製剤とは、関節リウマチなどで使われる、免疫や炎症の働きを強く調整する薬です。
抗凝固薬は、血液を固まりにくくする薬で、転倒や打撲のあとに出血性の問題を考えるうえで重要です。
また、鎮痛薬を多く使っているのに痛みが強く悪化しているという情報も、経過判断に役立ちます。
レッドフラッグは単独ではなく組み合わせで判断する
レッドフラッグの難しさは、単独では意味が弱い所見が少なくないことです。
たとえば夜間痛だけ、年齢だけ、体重減少だけでは、重篤な病態と決められません。
一方で、癌の既往歴があり、安静時痛が続き、最近急に悪化しているというように複数の所見が重なると、疑うべき強さは大きく上がります。
そのため、レッドフラッグは1項目だけで判断するのではなく、既往歴、経過、全身の状態、薬歴、神経所見をまとめてみる必要があります。
骨折を疑うレッドフラッグ
骨折を疑うのは、大きな外傷のあとだけではありません。
高齢、骨粗鬆症、軽微な転倒、くしゃみや持ち上げ動作のあと、長期ステロイド使用歴がある場合は、脆弱性骨折も考える必要があります。
とくに脊椎では、寝返り、起き上がり、立ち上がりで鋭く痛む、体動で著明に悪化する、局所の叩打痛が強いといった訴えでは注意が必要です。
こうした患者様に対して、まず動かして反応をみるという進め方には慎重であるべきです。
肋骨骨折は軽い外傷でも起こりうる
ご高齢の患者様では、肋骨骨折も重要です。
強い外傷がなくても、転倒、胸部の打撲、咳、骨粗鬆症を背景にした軽い外力で起こることがあります。
深呼吸、咳、寝返り、体幹の回旋で鋭く痛む、胸郭の限局した圧痛が強いといった場合は、筋の痛みだけで説明しない方が安全です。
とくに高齢、骨粗鬆症、転倒歴、ステロイド使用歴がある場合は、肋骨骨折を含めて考える必要があります。
悪性腫瘍を疑うレッドフラッグ
悪性腫瘍を疑うときに重要なのは、痛みの強さよりも背景と経過です。
癌の既往歴がある、安静で変わらない、夜間に強い、体重減少がある、全身の倦怠感がある、徐々に悪化し続けているというパターンでは注意が必要です。
とくに脊椎転移では、最初は曖昧な背部痛や腰痛として始まることがあります。
夜間痛だけで直ちに悪性腫瘍とは言えませんが、癌の既往歴、全身症状、悪化の経過が重なる場合は、徒手療法で経過をみるより先に医療機関への確認が優先されます。
感染を疑うレッドフラッグ
感染は、筋骨格系疼痛にみえることがある一方で、見逃すと急速に悪化することがあります。
発熱、悪寒、夜間の発汗、最近かかった感染症、HIV感染や免疫抑制、糖尿病、癌治療中、静脈注射薬使用歴、最近行った手術や侵襲的処置のあとといった背景は重要です。
また、普段飲んでいる薬も確認が必要です。
免疫抑制剤、抗癌薬、生物学的製剤などは感染リスクの判断に関わります。
HIV感染のように免疫機能の低下を伴う背景も、同じく重要です。
脊椎感染や硬膜外膿瘍では、初期には単なる腰痛や頚部痛のようにみえることがあります。
しかし、安静で変わりにくい強い痛み、全身の状態不良、神経症状が重なる場合は、施術を続ける場面ではありません。
馬尾症候群と進行する神経障害を疑うレッドフラッグ
しびれがあること自体よりも、筋力低下や感覚障害が広がっているか、機能低下が進んでいるかを確認することが重要です。
つま先立ちや踵歩きが急にできない、持続的な脱力がある、感覚障害が増えているという場合は、単なる筋骨格系の問題として扱わない方が安全です。
馬尾症候群では、排尿しにくい、尿意がわかりにくい、失禁、便失禁、会陰部の感覚異常、両側性の下肢症状、急速に進む筋力低下が重要です。
こうした所見がある場合は、徒手療法で様子をみるのではなく、医療機関への受診を促すべきです。
脊髄症を疑うレッドフラッグ
脊髄症とは、脊髄が圧迫されるなどして、手足の動きや感覚、歩行、排尿排便の機能に影響が出る状態です。
頚部痛や肩まわりの訴えの中では、この脊髄症も重要です。
手の細かい動きがしにくい、ボタンがかけにくい、箸が使いにくい、歩行が不安定、つまずきやすい、両手両足のしびれや違和感、膀胱直腸機能の変化がある場合は注意が必要です。
脊髄症は、局所の頚部痛や肩こりよりも、巧緻運動障害や歩行障害として現れることがあります。
そのため、首が硬い、肩がこるという訴えだけで局所の徒手を進める前に、脊髄由来の問題がないかを考える必要があります。
中枢神経疾患や脊髄炎は中枢性の神経障害として考える
脊髄炎、多発性硬化症、視神経脊髄炎関連疾患などは、個別の病名として暗記することより、急性または亜急性に進行する中枢性の神経障害として考えることが重要です。
両側性の運動感覚障害、感覚レベル、歩行障害、膀胱直腸障害、急速に進む脱力は、筋骨格系の問題だけでは説明しにくい所見です。
こうした場合は、医療機関の受診を優先するべきです。
血管障害を疑うレッドフラッグ
レッドフラッグには血管も入ります。
とくに徒手療法の臨床で重要なのは、腹部大動脈瘤、急性下肢虚血、深部静脈血栓、そして頚部の血管病変です。
腹部大動脈瘤では、新しい腹痛や背部痛、失神、循環虚脱が重要で、高齢、喫煙歴、高血圧が重なると疑う強さが上がります。
急性下肢虚血では、急な下肢痛、蒼白、冷感、脈が触れにくい、しびれや麻痺が重要です。
深部静脈血栓では、片側の下肢腫脹、痛み、圧痛、熱感が代表的です。
また頚部では、強い頭頚部痛に神経学的変化、めまい、ものが二重に見える複視、ろれつが回りにくい構音障害などが重なる場合、血管病変も考える必要があります。
抗凝固薬を使用している患者様では、打撲や外傷のあとに出血性の問題も含めて考える必要があります。
内臓由来痛を疑うレッドフラッグ
筋骨格系にみえる痛みの中には、内臓由来のものもあります。
背部痛や肩痛でも、息苦しさ、胸部圧迫感、食欲低下、吐き気、発熱、腹部症状、体を動かしたときとの関連が重なる場合は注意が必要です。
とくに胸部、上背部、左肩、顎、上腹部に広がる痛みは、筋骨格系だけで説明しきれないことがあります。
局所を押して少し痛いから筋骨格系と決めるのではなく、全身症状や随伴症状がないかを必ず確認する必要があります。
イエローフラッグとは何か
イエローフラッグは、痛みや機能障害が慢性化する背景となる心理社会的要因を指します。
代表的なのは、痛みへの強い恐怖、破局的思考、活動回避、悲観的な予測、受動的な治療期待、不安、抑うつなどです。
ブルーフラッグとブラックフラッグとは何か
ブルーフラッグは、仕事や職場に対する本人の認知や信念に関わる要因です。
たとえば、この仕事は身体に悪い、自分は復職できない、職場に戻ると悪化する、上司は理解してくれないといった本人の受け止め方が該当します。
ブラックフラッグは、制度、職場環境、補償、雇用条件、業務内容など、本人の外側にある客観的な障壁を指します。
たとえば、職場で業務内容の調整ができない、補償制度が複雑で復職しづらい、人員不足で段階的復帰ができないといった要因です。
結論
徒手療法の臨床で最優先されるのは、レッドフラッグを見逃さないことです。
レッドフラッグは、骨折、肋骨骨折、悪性腫瘍、感染、馬尾症候群、脊髄症、進行する神経障害、血管障害、内臓由来痛など、まず除外すべき病態の可能性を示すサインです。
そして、その除外のためには局所だけをみるのではなく、経過、既往歴、薬歴、全身の状態、生活背景まで丁寧に聴くカウンセリングが重要です。
慢性化要因を考える前に、まず見逃してはいけない病態を除外する。
この順番が、徒手療法の臨床では重要です。
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