牽引療法は慣習的な治療か?整形外科で続く理由と問題点
整形外科クリニックでは、頚椎牽引や腰椎牽引がいまも広く行われています。
患者様にとっても、「引っ張ることで圧迫が減る」「その結果、神経が楽になる」といった説明は直感的で受け入れやすく、納得しやすいと思われます。
しかし、説明がわかりやすいことと、治療効果が十分に示されていることは同じことではありません。
狭いなら広げればよい。
圧迫されているなら引っ張ればよい。
この発想は一見もっともらしくみえますが、現在のシステマティックレビューやガイドラインをみると、首でも腰でも牽引療法は中心となる治療方法として強く支持されていません。
つまり問題は、牽引という方法そのものより、エビデンスが強くないまま、慣習的に惰性で使われやすいことです。
牽引療法のエビデンス:頚椎・腰椎ともに効果は限定的
この論文では、頚部痛に対する機械的牽引療法の有効性を検証するため、ランダム化比較試験(RCT)のシステマティックレビューが行われ、7件(計958名)の研究が対象となりました。
その結果、慢性頚部痛(神経根症状あり)に対して、持続的な牽引はプラセボの牽引と比較して、疼痛や機能改善に有意差を示しませんでした。また、全体としても牽引療法の有効性を明確に支持・否定する十分なエビデンスは確認されませんでした。
Graham N, Gross AR, Goldsmith CH, et al.
この論文では、腰痛(坐骨神経痛の有無を含む)に対する牽引療法の効果を検証するため、ランダム化比較試験(RCT)のシステマティックレビューが行われています。32件(計2762名)の研究が対象となり、そのうち約半数が低バイアスリスクと評価されています。
その結果、急性・亜急性・慢性を含むさまざまな腰痛において、牽引療法はプラセボ、偽牽引、無治療、他の治療と比較して、疼痛、機能、全体的改善、復職率にほとんど影響を与えないことが示されました。また、理学療法に牽引を追加しても、単独の理学療法と比べて有意な上乗せ的な効果は認められませんでした。
さらに、坐骨神経痛を伴う腰痛や慢性非特異的腰痛においても、牽引の効果は「ほとんどない、または臨床的に重要ではない」と結論づけられています。一部の研究では疼痛増悪や神経症状の悪化などの有害事象も報告されています。
つまり本論文は、牽引療法は単独でも併用でも、腰痛に対して臨床的に意味のある効果を示さない可能性が高いことを示しています。現時点のエビデンスでは、非特異的腰痛に対する牽引の使用を積極的に支持する根拠は乏しいといえます。
Wegner I, Widyahening IS, van Tulder MW, et al.
牽引療法のリスク:重篤な合併症は稀でも無視できない
この症例報告では、首の牽引治療のあとに、頭の中に出血(硬膜下血腫)が起きた症例が紹介されています。原因として、牽引によって髄液が減り、脳がわずかに下がることで血管に負担がかかり、出血につながった可能性が示されています。
特に、首の過度な屈曲姿勢や強すぎる牽引、急な力の変化がリスクになると考えられています。
このケースはまれではありますが、牽引治療によって重い合併症が起こる可能性があることを示しています。そのため、実施方法や強さには注意し、施術後の頭痛などの変化にも気をつける必要があります。
Mano S, Yamamoto K, Kuroki T, et al.
下記の報告では、通販で購入した頸部牽引装置を使用した57歳女性が、使用開始数日後から強い頭痛を発症し、1週間で救急受診に至った症例です。頭痛は持続的に悪化し、市販薬では十分に改善しませんでした。
こうした簡易的な牽引装置でも首の血管に負担がかかり、椎骨動脈解離など重篤な障害(脳卒中につながる可能性)を引き起こすリスクがあることを示しています。
つまり、通販で手軽に入手できる牽引装置であっても安全とは限らず、使用には注意が必要とされています。
Aldarwish WA, Alshammari R, et al.
結論:牽引療法はエビデンス上、第一選択とはいえない
牽引療法は現在も整形外科で広く行われていますが、首・腰いずれにおいても、論文レベルで明確に支持されている治療ではありません。
頚椎では有効性ははっきりせず、腰椎では臨床的に意味のある効果はほとんど認められていません。さらに、まれとはいえ重篤な合併症の報告もあり、安全性も無視できるものではありません。
つまり、効果は限定的で、リスクもゼロではない介入です。
この状況を踏まえると、牽引療法は「とりあえず行う治療」ではなく、本来は優先度の低い選択肢として扱うべきものです。
それにもかかわらず、現在も広く行われている背景には、エビデンスではなく慣習が影響している可能性があります。
したがって、牽引療法は従来の延長として惰性的に用いるのではなく、その必要性自体を含めて再検討すべき段階にあるといえます。
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