非特異的腰痛を大きく減らせるとする国内研究がある
非特異的腰痛とは、感染、腫瘍、骨折、明らかな神経根症などの特異的な病態では説明できず、特定の疾患や病理に十分には絞り込めない腰痛を指します。
腰痛の多くはこの非特異的腰痛に含まれると考えられてきましたが、日本では、より多くを診断できるとする下記のような研究もあります。
Diagnosis and Characters of Non-Specific Low Back Pain in Japan: The Yamaguchi Low Back Pain Study.
Hidenori Suzuki, Tsukasa Kanchiku, et al.
日本の腰痛診療ガイドライン2019改訂第2版でも、この研究を引用し、75%以上で診断可能で、非特異的腰痛は22%に過ぎなかったと記載しています。
この数字だけを見ると、従来よりもはるかに多くの腰痛を診断できるようにみえます。
ただし、本当に問うべきなのは診断率の高さではありません。
重要なのは、何を根拠に診断としているのか、その根拠がどこまで妥当なのかという点です。
国際基準は腰痛の大部分を非特異的とみなしている
世界保健機関は、腰痛の約90%が非特異的腰痛であり、特定の疾患や構造的な異常だけでは十分に説明できないと示しています。
英国の診療ガイドラインでも、腰痛に対して画像検査を日常的に行うことは勧められていません。
腰痛では、まず画像で痛みを単純に決めにいくのではなく、危険な病態を除外しながら全体像を評価し、重篤な病態が疑われる場合などに限って画像検査を検討する考え方が国際的な基準になっています。
したがって、国内で診断率が高くみえる研究があったとしても、そのことだけで国際基準が覆るわけではありません。
みるべきなのは、診断名の多さではなく、その診断を支える根拠の強さです。
画像所見は特異化の強い根拠にはなりにくい
下記論文では、多くの画像所見は腰痛のある人に特有ではなく、腰痛のない人にも一般的にみられると述べられています。
また、画像検査が患者様の転帰を改善する根拠は乏しく、多くのガイドラインは腰痛に対する画像検査の日常的な使用を勧めていません。
そのため、X線やMRIで変化が確認されても、それだけで腰痛の主な原因を特定したとは言えません。
椎間板ヘルニアは神経根症や放散痛の文脈では重要な所見ですが、無症状者にもみられ、時間とともに自然に縮小または消失することがあります。
脊柱管狭窄症は、特徴的な症状や徴候に加えて、画像での狭窄の確認が必要な臨床症候群として扱われています。
一方で、椎間関節は、画像上の変化と腰痛の関連が明確ではなく、痛みに関与しているかを臨床的に同定することはできないとされています。
つまり、画像は重篤な病態の除外や一部の臨床症候群の補強には役立ちますが、非特異的腰痛をそれだけで特異だと判断する道具ではありません。
What low back pain is and why we need to pay attention.
Martin Underwood, Rachelle Buchbinder, Nadine E Foster, Jan Hartvigsen, Chris Maher
腰痛をできるだけ特定の組織へ振り分けたい立場では、画像所見は魅力的な根拠にみえるかもしれません。
しかし、画像所見と今ある痛みの結びつきは一様ではなく、診断の補助情報として扱うのが妥当です。
触診は局所の反応をみる情報であり確定根拠にはなりにくい
腰痛診療では、筋の硬結の触知、圧痛点、傍脊柱筋の圧痛などを手がかりに、どの組織が関与しているのかを考えることがあります。
この論文が示しているのは、単にトリガーポイント触診の一致率が低いということだけではありません。
より重要なのは、筋筋膜性疼痛やトリガーポイントという概念自体が、診断概念として十分に安定していない可能性があることです。
まず、トリガーポイントには確立した参照基準がありません。つまり、何をもって本当にトリガーポイントがあると判定するのか、その基準自体が定まっていません。
さらに、診断基準も時代とともに変化しており、どの所見を重視するのかが一貫していません。
そのうえで、この論文では、現在提案されている診断基準どおりに、症候性の患者様で信頼性高く診断できることを示した研究はないと結論づけています。
つまり問題なのは、診断の精度だけではなく、診断対象としての病態概念そのものが不安定であることです。
そのため、筋筋膜性疼痛やトリガーポイントは、当然の前提として受け入れるのではなく、定義、診断基準、臨床的妥当性を分けて批判的に吟味する必要があります。
Lucas N, Macaskill P, Irwig L, Moran R, Bogduk N
身体所見や動作評価は有用だが単独での特定には限界がある
腰痛診療では、ケンプテスト、SLRテスト、腰椎の屈曲・伸展制限、パトリックテスト、ゲンスレンテストなどが日常的に用いられています。
これらは、どの動きや負荷で症状が変化するかをみるうえでは有用です。
ただし、症状が再現されたとしても、それだけで痛みを筋肉や関節など、単一の組織や病理に特定できるわけではありません。
身体所見や動作評価は、症候群の把握や臨床仮説の形成には役立ちますが、病理解剖学的な確定診断そのものではありません。
さらに、末梢組織からの情報は神経を介して入力され、痛みや身体の反応は中枢神経系の修飾も受けます。
それにもかかわらず、身体所見をそのまま特定の組織の異常と結びつけ、末梢神経の関与や中枢側の修飾をほとんど検討しない見方は、現代の疼痛科学からみると不十分です。
ブロック注射は補助情報にはなるが単独の確定根拠にはなりにくい
腰痛診療では、局所麻酔や各種ブロックで痛みが軽減した反応を、どの組織が関与しているかを考える手がかりとして用いることがあります。
ただし、その反応は候補を狭める情報にはなっても、それだけで痛みの主な原因を特定したことにはなりません。
診断的ブロックには、期待、文脈、予測という中枢の影響、また物理的な周辺組織への拡散など、複数の要因が影響します。
そのため、反応があったという事実だけから特定の組織を主な要因とみなすのは慎重であるべきです。
ブロック注射は診断を補強する材料にはなりますが、非特異的腰痛を大きく縮小できるほどの確定的な方法として扱うことはできません。
慢性疼痛の視点を入れると局所ラベルだけでは足りない
慢性疼痛を考えるとき、末梢組織だけを見ていては不十分です。
国際疼痛学会は、慢性疼痛を通常3か月以上持続または再発する痛みと定義しています。
また、慢性一次性疼痛では、生物学的要因だけでなく、心理的要因や社会的要因が有意に関与すると示しています。
腰痛の論文でも、慢性腰痛では心理社会的因子、中枢での疼痛処理メカニズムなどが、痛みに影響すると述べられています。
したがって、慢性腰痛の診断を「椎間関節」「椎間板」「仙腸関節」「筋・筋膜」といった局所ラベルへできるだけ振り分ければ理解が深まる、という発想自体が、現代の疼痛科学とは少しずれています。
もちろん、これは末梢構造を無視してよいという意味ではありません。
問題は、末梢構造をみることと、末梢構造だけで説明できると考えることは同じことではありません。
慢性腰痛では、末梢神経自体の状態と入力、中枢性感作、予測処理、情動、学習なども含めてみないと、臨床像の理解に見落としが生じます。
Martin Underwood, Rachelle Buchbinder, Nadine E Foster, Jan Hartvigsen, Chris Maher
結論
非特異的腰痛を大きく減らせたとする国内研究は、腰痛をできるだけ特定の組織へ振り分けたい臨床側の関心を反映した報告です。
しかし、本稿でみてきたように、その診断を支える根拠である画像、触診、身体所見、ブロック反応はいずれも単独では特異化の強い根拠にはなりません。
つまり、75%以上を診断できた、非特異的腰痛は22%だったという数字だけをもって、腰痛の大部分を特異的に説明できたと受け取るのは無理があります。
問うべきなのは診断名の多さではなく、その診断名がどれだけ妥当な根拠で支えられているかです。
現時点では、非特異的腰痛を大きく縮小できたと結論するより、診断名を増やしても特異化の根拠はなお限定的であると読むほうが妥当です。
慢性腰痛は、末梢構造だけでなく、末梢神経の状態と入力、中枢神経系の修飾、心理社会的因子を含めて理解すべき病態です。
そのため、局所ラベルを増やすこと自体を診断の前進とみなすのではなく、そのラベルが本当に今ある痛みをどこまで説明できるのかを、より厳密に吟味しなければなりません。
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