痛覚変調性疼痛とは
痛みは、すべて同じメカニズムで生じるわけではありません。
神経科学やペインサイエンスでは、痛みは発生メカニズムによって分類されます。
現在よく用いられる整理では、痛みは次の3つに分けられます。
・侵害受容性疼痛
・神経障害性疼痛
・痛覚変調性疼痛
このうち、組織損傷や明確な神経損傷だけでは十分に説明できない痛みを整理するために提案された概念が、痛覚変調性疼痛です。
痛覚変調性疼痛の英語と意味
痛覚変調性疼痛の英語は nociplastic pain です。
noci は nociception(侵害受容)に由来し、plastic は変化しうる、再構成されるという意味を含みます。
そのため nociplastic pain は、侵害受容の処理や反応の仕方が変化した痛みを示す名称と理解できます。
痛覚変調性疼痛の定義
国際疼痛学会(IASP)は、痛覚変調性疼痛を、組織損傷を示す明確な証拠や体性感覚系の神経損傷がないにもかかわらず、侵害受容の変調によって生じる痛みとして説明しています。
つまり、侵害刺激そのものや神経損傷そのものだけでは説明できない、神経系の情報処理の変化が関与している可能性がある、ということです。
この概念は、慢性疼痛の一部を説明するための第三の機序記述子として提案されたものです。
ただし、これは原因不明の痛みという意味ではありません。
侵害受容性疼痛や神経障害性疼痛だけでは整理しきれない痛みを理解するための分類です。
他の疼痛分類との違い
痛覚変調性疼痛がわかりにくい理由は、侵害受容性疼痛や神経障害性疼痛との違いが見えにくいからです。
違いは、痛みを何で説明するかにあります。
・侵害受容性疼痛
組織損傷、または組織損傷の危険に関連した侵害受容器の活性化によって生じる痛みです。
たとえば、捻挫、打撲、炎症、術後痛などがこれにあたります。
・神経障害性疼痛
体性感覚系の神経の病変や疾患によって生じる痛みです。
たとえば、糖尿病性神経障害、帯状疱疹後神経痛、神経根障害の一部などがこれに含まれます。
・痛覚変調性疼痛
明確な組織損傷や明確な神経損傷だけでは説明できず、侵害受容の変調によって生じる痛みです。
つまり、入力と出力の関係が変化し、痛みの知覚が増幅または広範化している状態を考える分類です。
また、炎症は4つ目の痛みではありません。
炎症は主に侵害受容性疼痛の背景となる病態です。
ただし慢性軽度炎症や局所炎症では、一般的な血液検査で明確に捉えにくいことがあります。
そのうえで痛みが慢性化すると、侵害受容性疼痛だけでは説明しきれず、痛覚変調性疼痛の要素が重なることもあります。
3つの疼痛分類はグラデーションとして重なる
ここで重要なのは、3つの分類が実際の臨床ではきれいに分かれないことです。
侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、痛覚変調性疼痛は、完全に別々の箱ではありません。
実際の症例では、それぞれの機序がグラデーションのように重なります。
そのため、どれか一つだけを選ぶのではなく、どの要素がどの程度強いかをみることが重要です。
たとえば急性腰痛では、最初は組織負荷や炎症に関連した侵害受容性疼痛の要素が中心になります。
そこに神経根や末梢神経への影響が加われば、神経障害性疼痛の要素も重なります。
さらに慢性化して、痛みの広がりや過敏性が強くなり、局所所見だけでは説明しにくくなると、痛覚変調性疼痛の要素も加わります。
これは、途中で痛みの種類が完全に入れ替わるという意味ではありません。
侵害受容性疼痛の土台が残ったまま、別の機序が重なることがある、ということです。
慢性腰痛そのものが痛覚変調性疼痛というわけではありません。
慢性腰痛の中には、侵害受容性疼痛や神経障害性疼痛だけでは十分に説明できず、痛覚変調性疼痛の要素を含むものがあります。
そのため臨床では、この患者様はどの箱に入るかではなく、どの機序がどの程度重なっているかを考えることが重要です。
中枢性感作との違い
痛覚変調性疼痛と中枢性感作は、同じではありません。
中枢性感作は、脊髄や脳を含む中枢神経系の侵害受容ニューロンの反応性が高まった状態を指す神経生理学的な現象です。
一方、痛覚変調性疼痛は、臨床で痛みを分類するための機序記述子です。
つまり、中枢性感作は神経回路で何が起きているかを示す概念であり、痛覚変調性疼痛はその痛みを臨床的にどう分類するかを示す概念です。
両者は深く関連しますが、同義ではありません。
中枢性感作は理解に役立つ重要な神経生理学的概念ですが、それだけで痛覚変調性疼痛と断定することはできません。
心理的要因との関連
痛覚変調性疼痛では、心理的要因も無視できません。
不安、恐怖、破局的思考、注意の向け方、ストレス反応などは、痛みの感じ方に影響します。
これらは痛みを作り出す原因と単純化すべきものではありません。
しかし、神経系の情報処理や痛みへの注意、予測、情動反応に影響する要素として重要です。
つまり心理的要因は、身体か心かの二択で理解するためのものではなく、痛みの増幅や持続に関与する一要素として位置づけるべきです。
慢性疼痛では、末梢神経の状態と入力、中枢神経の情報処理、そして心理的要因が相互に影響し合います。
そのため、心理的要因だけで説明するのも、逆にまったく無関係とみなすのも不正確です。
結論|痛覚変調性疼痛をどう理解するか
痛覚変調性疼痛は、侵害受容性疼痛や神経障害性疼痛だけでは十分に説明できない痛みを整理するための分類です。
また、痛みの3分類は別々の箱ではなく、実際にはグラデーションのように重なります。
中枢性感作はその理解に役立つ重要な神経生理学的概念ですが、痛覚変調性疼痛と同義ではありません。
さらに、痛みの持続や増幅には心理的要因も関与します。
慢性疼痛を理解するには、こうした複数の要素を統合して考える必要があります。
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