侵害刺激・侵害受容・痛みの違いとは何か|ペインサイエンスの基礎概念

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目次

侵害刺激・侵害受容・痛みの基礎理解

臨床では「痛み信号が脳へ伝わる」という表現が使われることがあります。しかし神経科学の視点では、この表現は必ずしも正確ではありません。

神経を伝わるのは痛みそのものではなく、侵害受容信号(nociceptive input)と呼ばれる神経活動です。そして痛みは、その情報が中枢神経で処理された結果として生じる主観的体験と考えられています。

この違いを理解するためには、侵害刺激(noxious stimulus)、侵害受容(nociception)、痛み(pain)という3つの概念を整理する必要があります。本記事では、これらの関係を神経科学とペインサイエンスの視点から解説します。

▶︎ ペインサイエンスとは何か

侵害刺激とは何か

侵害刺激(noxious stimulus)とは、組織損傷を引き起こす、または損傷の可能性を持つ刺激そのものを指します。神経科学では、刺激そのものと神経系の反応を区別して理解することが重要とされています。

侵害刺激には、高強度の機械刺激、極端な温度刺激、化学刺激などがあります。例えば鋭い圧迫、高温や低温、炎症に伴う化学物質などが代表的な侵害刺激です。

この段階ではまだ神経系の処理は含まれていません。侵害刺激は物理的・化学的刺激そのものを示す概念であり、神経信号や痛みの経験とは区別されます。

侵害受容とは何か

侵害受容(nociception)とは、侵害刺激を侵害受容器が検出し、その情報を神経信号として中枢神経へ伝達する生理学的過程を指します。皮膚、筋肉、関節、内臓などの組織には侵害受容器が広く分布しています。

侵害刺激が侵害受容器に到達すると、刺激は電気信号へ変換されます。その信号は主にAδ線維やC線維などの求心性神経線維を通って脊髄へ伝達されます。

この段階で伝わるのは侵害受容信号であり、まだ痛みという主観的体験が生じているわけではありません。そのため侵害受容は、痛みそのものではなく神経系の情報処理過程として理解されます。

▶︎ 末梢神経とは何か

侵害刺激と侵害受容の関係

侵害刺激と侵害受容は密接に関係していますが、同じ概念ではありません。侵害刺激は刺激そのものを指し、侵害受容はその刺激を神経系が検出して信号へ変換する過程を指します。

侵害刺激が侵害受容器に作用すると、受容器のイオンチャネルが開き膜電位が変化します。一定の閾値を超えると活動電位が発生し、その信号が侵害受容信号として末梢神経を通り脊髄へ伝達されます。

つまり侵害刺激は外部または組織内の刺激であり、侵害受容はその刺激が神経系によって情報化される過程です。この区別はペインサイエンスを理解する上で重要な基礎概念です。

侵害受容の生理学

侵害受容は、刺激の検出、信号変換、神経伝達という複数の生理学的過程から構成されます。まず侵害受容器が機械刺激、温度刺激、化学刺激などを検出します。

侵害受容器の多くは自由神経終末として存在し、TRPチャネルなどの受容体やイオンチャネルが刺激を検出します。刺激によってナトリウムやカルシウムの流入が起こり、膜電位が変化します。

この膜電位変化が閾値を超えると活動電位が発生し、神経信号として末梢神経から脊髄へ伝達されます。このような刺激変換と神経伝達の過程が侵害受容の基本的な生理学です。

慢性炎症と侵害受容

組織に炎症が生じると、炎症性メディエーターと呼ばれる化学物質が放出されます。代表的なものとしてプロスタグランジン、ブラジキニン、サイトカインなどが知られています。

これらの物質は侵害受容器の感受性を高め、侵害受容信号が発生しやすい状態を作る可能性があります。この状態は末梢性感作と呼ばれ、通常より弱い刺激でも侵害受容入力が増加することがあります。

炎症が長期間持続すると侵害受容入力が継続的に中枢神経へ送られる可能性があります。このような状態は慢性疼痛の形成に関与する可能性があります。

▶︎ 慢性疼痛とは何か

下行性疼痛抑制系と侵害受容抑制

侵害受容入力は末梢から中枢へ一方向に伝わるだけではありません。中枢神経から脊髄へ向かう下行性疼痛抑制系によって、その伝達が調整されることが知られています。

この神経回路には中脳水道周囲灰白質(PAG)や延髄腹内側部(RVM)などが関与し、脳から脊髄後角へ抑制信号を送ります。この作用によって侵害受容信号の伝達が抑制される場合があります。

この仕組みは条件刺激性疼痛調節(CPM)やDNICなどとして研究されており、侵害受容入力が中枢神経によって調整されることを示しています。つまり侵害受容は単純な末梢入力ではなく、神経系全体の調整の中で変化する現象です。

▶︎ 下行性疼痛抑制系とは何か

▶︎ DNICとは何か

痛みとは何か

痛み(pain)は、神経信号そのものではなく中枢神経で生成される主観的体験です。

国際疼痛学会(IASP)は痛みを「実際の、または潜在的な組織損傷に関連する不快な感覚および情動体験」と定義しています。

この定義が示すように、痛みには感覚だけでなく情動や認知の要素も含まれます。つまり痛みは単純な末梢刺激の結果ではなく、脳が多くの情報を統合した結果として生じます。

そのため侵害受容信号が存在しても痛みが知覚されない場合があり、逆に明確な侵害刺激がなくても痛みが生じることもあります。

侵害刺激・侵害受容・痛みの違い

神経科学では、侵害刺激、侵害受容、痛みは異なるレベルの概念として整理されます。

侵害刺激は組織損傷を引き起こす可能性のある刺激そのものを指します。侵害受容はその刺激を神経系が検出し神経信号として処理する過程です。

痛みは、その神経情報が中枢神経で統合・評価された結果として生じる主観的体験です。つまり刺激、神経処理、知覚体験はそれぞれ異なる段階の現象です。

痛覚と「痛み信号」という表現の問題

臨床では「痛み信号が脳へ伝わる」という表現が使われることがあります。しかし神経科学の視点では、この表現は正確ではありません。

末梢神経から中枢神経へ伝わるのは侵害受容信号であり、痛みそのものが神経を移動しているわけではありません。痛みはその信号が中枢神経で処理された結果として生じる体験です。

痛覚(pain perception)は、脳が侵害受容信号などの情報を処理し痛みとして知覚する神経過程を指します。

つまり侵害受容は入力、痛覚は知覚過程、痛みは主観的体験として区別されます。

なぜ臨床で混同されるのか

侵害刺激、侵害受容、痛みは概念としては明確に区別されていますが、臨床では同じものとして語られることがあります。その理由の一つは、刺激と痛みが同時に経験されることが多いためです。

例えば組織損傷があると痛みが生じることが多いため、刺激と痛みが直接結びついて理解されやすくなります。しかし神経科学では、その間に神経系の複雑な情報処理が存在します。

この区別が曖昧になると、痛みを単純な組織損傷の信号として理解するモデルに陥りやすくなります。ペインサイエンスでは、刺激、神経処理、知覚体験を分けて理解することが重要です。

結論

侵害刺激は組織損傷を引き起こす可能性のある刺激そのものを指し、侵害受容はその刺激を神経系が検出して神経信号として処理する生理学的過程です。一方で痛みは、その神経情報が中枢神経で統合されることによって生じる主観的体験です。

また侵害受容入力は慢性炎症や神経系の調整によって変化する可能性があり、下行性疼痛抑制系によって脊髄レベルで抑制されることもあります。そのため痛みは単純な末梢入力だけで決まる現象ではなく、末梢神経の状態と入力と中枢神経処理の相互作用の中で形成されます。

臨床で使われる「痛み信号」という表現は、神経科学的には正確ではありません。神経を伝わるのは侵害受容信号(nociceptive input)であり、痛みは脳で生じる主観的体験です。

侵害受容(nociception)、痛覚(pain perception)、痛み(pain)を区別して理解することは、ペインサイエンスや慢性疼痛の理解、そして徒手療法の理論を整理する上でも重要な基盤となります。

 


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