NBMは患者様の物語を重視する医療の視点
NBMは Narrative-based medicine の略で、患者様がどのような経過で悩み、何を不安に感じ、今ある痛みをどう受け止めているかという物語を重視する医療の考え方です。
ここでいう Narrative/物語とは、小説のような話ではありません。
その方が経験してきた出来事、意味づけ、医療体験、生活上の背景を含んだ語りを指します。
同じ腰痛でも、問題に感じている内容は一人一人異なります。
痛みそのものが最もつらい方もいれば、再発への不安、仕事や家事への影響、将来への心配が中心になっている方もいます。
慢性疼痛では物語そのものが重要な臨床情報になる
慢性疼痛では、侵害受容信号だけでなく、過去の経験、不安、予測、回避行動、過去に受けた説明などが、痛みの受け止め方に関わります。
そのため臨床では、どこが痛いかだけでなく、自分の身体をどう理解し、何を怖がり、何をきっかけに悪化すると感じているのかまで把握する必要があります。
たとえば、自分の身体は壊れている、自分ではどうにもできないという理解が強いと、無力感や回避行動が重なり、脅威の高い状態が続きます。
このとき重要なのは、その考えをすぐ修正することではなく、その方がなぜその理解に至ったのかを把握することです。
NBMは、この物語まで含めて理解することで、脅威を減らす説明や関わり方につなげようとする考え方です。
リタ・シャロンの「4つの隔たり」は何を示しているのか
リタ・シャロンは、内科医であり文学研究者でもある人物で、ナラティブ・メディスンを発展させた中心人物の一人です。
NBMでは、医療者と患者様のあいだには、最初から一定のズレがあると考えます。
リタ・シャロンは、このズレを4つの隔たりとして示しています。
① 死や重篤さへの向き合い方の隔たり
患者様にとって症状は、身体の異変であると同時に、将来への不安や喪失の予感にもつながります。
一方で医療者は、日常的に疾患をみているため、その切迫感を患者様と同じ強さで受け取っていないことがあります。
② 病気がその人の人生の中で持っている意味の隔たり
医療者は病態を身体の問題として理解しますが、患者様はその症状を生活、仕事、家庭、役割、人間関係の中で経験しています。
たとえば腰痛一つでも、患者様にとっては単なる痛みではなく、仕事が続けられない不安、家事ができないつらさ、家族に迷惑をかける恐れと結びついていることがあります。
つまり、同じ病気でも、患者様の人生の中でどんな重みを持っているかは、医療者の理解と大きくずれることがあります。
③ 病気の原因をどう理解しているかの隔たり
医療者は病態、組織、機能、神経生理をもとに原因を考えますが、患者様は画像所見、過去に受けた説明、周囲の体験談、自分なりの解釈をもとに原因を理解しています。
そのため医療者が「大きな異常はありません」と説明しても、患者様は「骨がずれている」「身体が壊れている」と受け取っていることがあります。
この原因理解のズレが大きいと、説明しても納得につながりません。
④ 恥、非難、恐れの隔たり
患者様は、弱さを見せること、動けないこと、治らないことに対して、恥や自己否定を抱えていることがあります。
一方で医療者側も、難しい症例への焦り、説明が伝わらないもどかしさ、結果を出せないことへの緊張を抱えます。
こうした感情が扱われないままだと、診療が進んでいるように見えても、相互理解は深まりません。
その意味で、この4つの隔たりは、患者様の脅威の文脈を理解するうえで重要な視点です。
ジョン・ローナーの「7つのC」は何を臨床で求めているのか
ジョン・ローナーは、家庭医としての経験に加え、家族療法(心理療法)の視点も取り入れながら、対話を通して理解と変化に繋がる実践を発展させてきました。
ローナーは、対話を通して変化を促すための原則として「7つのC」を示しています。
これは、患者様の話を丁寧に聴くためだけの技術ではありません。
会話そのものを通して、患者様と医療者が新しい理解にたどり着くための実践的な視点です。
① 対話(Conversation)
最初に必要なのは、患者様が自分の言葉で十分に語れる対話です。
医療者が早く結論を出そうとして話を切ってしまうと、患者様が何に困り、何を恐れ、何を大事にしているのかは見えてきません。
対話とは、ただ自由に話してもらうことではなく、患者様の語りを支えながら、必要なところでは問いを返し、理解を深めていく会話です。
② 関心(Curiosity)
関心とは、相手を探ることなく、その人に本当に興味を持つことです。
症状そのものだけでなく、その方が何を失ったと感じているのか、何を取り戻したいのか、何に不安を抱いているのかに目を向けます。
さらにローナーは、患者様への関心だけでなく、医療者自身がその話を聞いて何を感じたかにも注意を向けることを含めています。
③ 文脈(Context)
症状は、身体の中だけで完結しているわけではありません。
家族、仕事、生活環境、信念、価値観、社会的な役割、これまで受けてきた説明など、さまざまな背景の中で症状は経験されています。
なぜ今このタイミングで受診したのか、なぜ今この症状が大きな問題になっているのかを考えることで、患者様の現実が見えてきます。
④ 複雑性(Complexity)
慢性疼痛は、単純な一対一の因果で説明できるとは限りません。
末梢神経の状態と入力、中枢神経系の予測、過去の学習、情動、生活背景は相互に影響し合っています。
ローナーがいう複雑性とは、原因を一つに決めつけず、変化が別の変化を生み、その影響が広がっていくことまで含めて考える姿勢です。
⑤ 再検討を促す問いかけ(Challenge)
ここでいう Challenge は、相手を追い詰めることではありません。
患者様にも医療者にも、これまで当然と思っていた見方を少し揺らし、別の理解の可能性を開く働きを指します。
たとえば患者様が「もう治らない」と考えているときに、その理解をただ否定するのではなく、別の可能性を一緒に探っていくことです。
同時に医療者自身も、自分の見立てや前提を再検討し、違う理解が成り立たないかを考える必要があります。
⑥ 慎重さ(Caution)
対話には踏み込む力が必要ですが、同時に慎重さも必要です。
患者様が今どこまで話せるのか、どこまで新しい見方を受け取れるのかを見極めずに進めると、かえって負担になることがあります。
慎重さとは、踏み込みすぎないことではなく、患者様の準備や状態に合わせて進める感度です。
⑦ 配慮(Care)
最後に必要なのは、患者様の考えをすぐに否定せず、まず受け止める姿勢です。
患者様の考えが医学的に正確ではないようにみえても、まずはその理解がどのように形づくられたのかをみる必要があります。
責めたり、切り捨てたりせず、その人をその人として尊重することが、対話の前提になります。
この7つのCは、説明の技術というより、患者様と一緒に理解をつくるための姿勢と実践の原則といえます。
結論
NBMは、患者様の物語を通して、目の前の痛みを一人一人の現実として理解するための視点です。
慢性疼痛では、解剖学や病理学だけでなく、中枢神経系がその痛みをどう受け取っているかまでみる必要があります。
リタ・シャロンの4つの隔たりは、医療者と患者様のあいだにあるズレを示し、ジョン・ローナーの7つのCは、そのズレを埋めるための対話の視点を示しています。
NBMは研究知見と対立する考え方ではなく、それを患者様の現実にどう結びつけるかを考えるための重要な視点です。
参考文献:What is narrative-based medicine? Narrative-based medicine.
George Zaharias
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