カルテンボーン・ノルディックシステムとは何か|凹凸ルールと関節モビライゼーション理論の基本概念
カルテンボーン・ノルディックシステムは、関節の凹凸ルール(concave–convex rule)を基盤に、関節面の滑走制限(関節の遊びの制限)が疼痛や可動域制限に関与すると考え、それに対して徒手的なモビライゼーションを行うという体系です。
この理論は世界中の徒手療法教育に大きな影響を与えてきました。
しかし近年では、関節運動学、画像解析、システマティックレビュー、神経科学などの発展により、その前提となる「凹凸ルール」、「関節滑走方向」、「関節の遊びの触知可能性」に対して再検討を求める研究が蓄積されています。
本稿では、カルテンボーン・ノルディックシステムの中核概念である凹凸ルールと関節モビライゼーション理論について、主要な研究をもとに批判的に吟味していきます。
凹凸ルールは正しいのか?カルテンボーン理論に対する批判的研究
肩関節の凸凹ルールにおいて、外転では凸面である上腕骨頭が凹面である関節窩上を動くため、上腕骨頭は外転方向とは反対に下方へ滑走すると説明されます。
つまり、上腕骨頭が上方へ移動するのを防ぐために、下方への関節面の滑りが必要であるという考え方です。
この論文では、肩関節外転における凸凹ルールについて、上腕骨頭が数mm程度しか上方移動しないことから、実際には大きな下方滑りが同時に生じている可能性があると解釈しています。
しかし、この説明は下方滑りを直接測定したものではなく、上腕骨頭の移動量から推測した力学的解釈に留まります。
また、対象は主に健常者であり、疼痛や関節包拘縮、腱板機能低下などの病態において同様の関節運動が生じるかは明らかではありません。
外旋については、従来の凸凹ルールでは上腕骨頭の前方滑りが想定されますが、研究では外旋時に上腕骨頭が2〜7mm後方へ移動することが報告されています。
この論文では、関節窩から逸脱しないために前方滑りが同時に生じている可能性を示していますが、これも直接的な測定ではなく推論です。
さらに、この論文は解説的な論考であり、凸凹ルールを実験的に検証する研究ではありません。
そのため、関節運動を関節面形状だけで説明することの限界や、筋活動、関節包・靱帯、神経筋制御などの影響について十分に検証しているわけではありません。
The Convex-Concave Rules of Arthrokinematics: Flawed or Perhaps Just Misinterpreted?
Donald A. Neumann, PT, PhD, FAPTA
肩関節の3次元運動から見る凹凸ルールの限界|カルテンボーン理論の再検証
本研究は、3次元医用画像(CT画像の断層データから作成した肩関節の3次元再構成画像)を用いて、肩関節の関節内運動を解析し、徒手療法で長く用いられてきたカルテンボーンの凹凸ルールを再検討した研究です。
従来、肩関節は球関節として考えられ、凸状の上腕骨頭が凹状の関節窩上を動く場合、関節面では「転がり」と「滑り」が反対方向に生じると説明されてきました。
しかし、本研究では投球動作の準備後期における肩関節の動きを解析した結果、上腕骨頭は単純な球運動を行うのではなく、関節窩上で後方へ移動しながら、回旋と並進が組み合わさった複合的な3次元運動を行っていることが示されました。
この結果は、凹凸ルールが関節運動を理解するための基本的な考え方としての仮説である一方、生体の関節で実際に起こる複雑な3次元運動を十分に説明できない可能性を示しています。
特に肩関節では、関節包や靭帯、筋活動による安定化機構、さらに関節面の形状や接触位置の変化によって運動が制御されるため、「転がり」と「滑り」の方向関係だけでは関節内運動を完全に説明することは困難です。
したがって、徒手療法における関節モビライゼーションも、従来の凹凸ルールだけを基準に滑り方向を決定するのではなく、実際の関節運動、関節面の接触変化、上腕骨頭の並進運動、そして疼痛などの神経系の反応も考慮して適用する必要があります。
本研究は、凹凸ルールそのものを否定するものではなく、2次元的な「転がり・滑り」という関節運動モデルから、回旋と並進を含めた3次元的な関節運動理解へ発展させる必要性を示した研究といえます。
Intra-articular kinematics of the normal glenohumeral joint in the late preparatory phase of throwing: Kaltenborn's rule revisited.
J.-P. Baeyens, P. Van Roy, Jan Pieter Clarys
システマティックレビューが示すカルテンボーン凹凸ルールの限界と関節運動学の実際
次の研究では、カルテンボーンの凸凹ルールが肩甲上腕関節における上腕骨頭の滑走方向を説明できるかについて、30の研究を対象としたシステマティックレビューを実施しています。
その結果、上腕骨頭の並進方向について、凸凹ルールを支持する一貫したエビデンスは確認されませんでした。
研究間の方法論的な異質性、研究の質の低さ、結果の不一致により、肩甲上腕関節における上腕骨頭の滑走方向について確固たる結論を導くことはできませんでした。
特に、レベル2相当のエビデンスを示した研究では、正常な肩の自動運動による外転において、上腕骨頭は凸凹ルールが想定するような下方への並進ではなく、関節窩上で中心化された状態を維持していました。
つまり、カルテンボーンの凸凹ルールでは、凸面である上腕骨頭は骨運動と反対方向へ滑走すると考えられており、肩関節外転では下方滑走が生じると説明されます。
しかし、この研究で検討された正常な肩の自動運動による外転では、上腕骨頭は一定方向へ滑走するのではなく、回旋筋腱板などによる安定化作用によって関節窩の中心に保持されることが示されました。
また、前方不安定性を有する肩や腱板断裂を伴う肩では、正常な肩とは異なる上腕骨頭の並進パターンが確認され、関節内運動は単純な関節面の形状だけでは決定されないことが示唆されました。
さらに、上腕骨頭の並進運動に影響する因子として、関節包・靱帯構造(17の研究)、神経筋制御(17の研究)、関節面形状・適合性(8の研究)などが報告されています。
特に神経筋制御については、疼痛、筋スパズム、固有受容感覚の低下、筋活動の不均衡や協調性低下など、神経系の反応が、上腕骨頭の移動パターンに影響する可能性が示されています。
つまり、肩関節の運動は関節面の形状だけで決定されるものではなく、筋活動による動的安定化や神経系による運動制御を含めた複数のシステムによって調整されている可能性があります。
以上により、肩関節の関節内運動を評価する際には、カルテンボーンが提唱した受動的な関節構造だけではなく、神経系などの他のシステムを考慮する必要があります。
そのため、凸凹ルールを臨床判断の基準として教科書的に適用することには慎重さが求められます。
An evidence-based review on the validity of the Kaltenborn rule as applied to the glenohumeral joint.
Corlia Brandt, Gisela Sole, Maria W. Krause, Mariette Nel
凍結肩における関節モビライゼーションの再考|凹凸ルールと逆方向の滑走が有効だった研究
この論文では、「肩外旋時には上腕骨頭は前方へ滑るため、外旋可動域の改善には前方滑走モビライゼーションが必要である」という凹凸ルールおよびカルテンボーンの伝統的な考え方を、癒着性関節包炎の患者様で検証しました。
対象は、肩外転時に外旋制限が悪化する関節包性拘縮パターンを示す患者様18名です。
著者らは「外転で外旋制限が悪化する=関節包性」「改善する=筋性」と分類し、実際に五十肩として紹介された58例中14例を筋性制限として除外しました。
その結果、6回の治療後の外旋ROM改善量は、凹凸ルールに基づく前方滑走群が平均+3.0°であったのに対し、理論上は凹凸ルールと逆方向である後方滑走群では平均+31.3°改善し、全例で22〜45°の改善が認められました。
つまり本研究の結果は、「外旋には前方滑走が必要である」という従来の運動学的前提を支持せず、むしろその前提だけでは肩の運動制限を説明できない可能性を示しています。
著者らはその理由として、前方関節包や烏口上腕靱帯、肩甲下筋腱と棘上筋腱の間に存在する腱板疎部(rotator interval)の拘縮によって上腕骨頭が前上方へ偏位し、その結果として関節包の張力が関節運動を支配している可能性を考察しています。
ただし、本研究で改善したのは主として短期的な外旋ROMであり、疼痛や機能について明確な群間差は認められていません。
また介入期間は平均18.5日、治療回数は6回のみであり、長期的な疼痛改善や日常生活機能の回復は検証されていません。
したがって、少なくとも関節包性拘縮を伴う凍結肩においては、凹凸ルールから導かれる前方滑走の優位性を支持できず、肩関節の病態を単純な凹凸ルールやカルテンボーン理論だけで説明することの限界を示した研究として評価するのが妥当でしょう。
The Effect of Anterior Versus Posterior Glide Joint Mobilization on External Rotation Range of Motion in Patients With Shoulder Adhesive Capsulitis.
Andrea J. Johnson, DPTSc ,Joseph J. Godges, DPT ,Grenith J. Zimmerman, PhD ,Leroy L. Ounanian, MD
膝関節の運動学から考える凹凸ルールの問題点|関節モビライゼーション理論への示唆
この研究では、膝に症状のない45〜85歳の成人25名を対象に、X線透視画像とCT画像を組み合わせた4次元解析によって、膝立ち動作における膝関節の動きを調査しました。
その結果、膝の最大屈曲では、大腿骨が脛骨に対して後方へ移動し、さらに外旋することが重要であることが確認されました。
参加者の膝屈曲角度は平均142±6°で、90°から150°まで曲げる間に大腿骨は36±3mm後方へ移動しました。
屈曲と大腿骨の後方移動には非常に強い関連が認められました(r=0.96、P<0.01)。
また、大腿骨は90°屈曲時の8±6°から、150°屈曲時には16±5°まで外旋しました。
この結果は、従来の凹凸ルールの考え方と一致しません。
従来は、膝屈曲を改善するために脛骨を後方へ滑らせるアプローチが重要と考えられていました。
しかし本研究では、最大屈曲に必要だったのは脛骨の後方移動ではなく、大腿骨が脛骨上を後方へ移動する運動でした。
研究者らは、膝の最大屈曲では大腿骨の後方移動と外旋が連動して起こることを示し、膝の徒手療法における従来の考え方を再検討する必要性を示しました。
ただし、本研究は膝立ち動作のみを対象としており、徒手療法でこの運動を誘導することで屈曲可動域が改善するかについては、今後の研究が必要です。
Analysis of Kneeling by Medical Imaging Shows the Femur Moves Back to the Posterior Rim of the Tibial Plateau, Prompting Review of the Concave-Convex Rule.
Jennie M. Scarvell, Nicola Hribar, Catherine R. Galvin, Mark R. Pickering, Diana , M. Perriman, Joseph T. Lynch, Paul N. Smith
「関節の遊び」は触知できるのか?ノルディックシステムの評価学を検証するエビデンス
これまで紹介してきた研究は、凹凸ルールや関節滑走方向の妥当性に疑問を投げかけるものでした。
しかしカルテンボーン・ノルディックシステムの根幹には、もう一つ重要な前提があります。
それは、「セラピストが徒手的に関節の遊び(joint play)や関節運動の制限を評価できる」という前提です。
Van Trijffelらのシステマティックレビューでは、頸椎および腰椎に対する徒手的な椎間関節運動評価(passive assessment of intervertebral motion)の検者間信頼性を検討しました。
その結果、多くの研究で検者間一致度を示すκ(カッパ)値は低く、評価者間の一致は概して 低い〜中程度の範囲に留まりました。
また、研究の多くは方法論的質にも限界があり、著者らは徒手的な椎間関節運動評価の信頼性を支持する十分なエビデンスは存在しないと結論しています。
一方で、カルテンボーン・ノルディックシステムでは、触診によって関節運動制限の方向や関節包性制限を評価し、それを治療方向の決定根拠としています。
そのため、少なくとも脊椎領域において徒手評価の再現性が十分に示されていないことは、こうした評価体系全体に対して重要な疑問を提起するエビデンスと考えられます。
Inter-examiner reliability of passive assessment of intervertebral motion in the cervical and lumbar spine: a systematic review.
E. van Trijffel, Q. Anderegg, P.M.M. Bossuyt, C. Lucas
関節の遊びやエンドフィールは本当に評価できるのか?下肢関節の信頼性研究
このシステマティックレビューでは、股関節・膝関節・足関節など下肢関節に対する徒手的な可動域評価およびエンドフィール評価の検者間信頼性を検証するため、17の研究を統合解析しました。
その結果、17研究中、十分な検者間信頼性を示した研究は、わずか5研究でした。
特に徒手療法で重視されるエンドフィール評価については、股関節・膝関節のすべての運動方向で信頼性が低く、一貫して再現性に乏しい結果が示されました。
また、方法論的に十分な質を満たした研究は17研究中わずか2研究であり、それらが支持したのも膝関節屈曲・伸展可動域測定の信頼性に限られていました。
著者らは最終的に、下肢関節における受動的関節運動評価の検者間信頼性は全体として低く、臨床家は関節可動域やエンドフィール、関節の遊びの評価結果だけに依存して、臨床判断を行うべきではないと結論しています。
これはカルテンボーン・ノルディックシステムの根幹である
「関節の遊び」
「関節包エンドフィール」
「滑走制限方向の評価」
を徒手的に判別評価できるという前提に対して、直接的な疑問を投げかける研究といえるでしょう。
Inter-rater reliability for measurement of passive physiological movements in lower extremity joints is generally low: a systematic review.
Emiel van Trijffel, Rachel J. van de Pol, Rob A. B Oostendorp and Cees Lucas
結論|凹凸ルールから神経科学へ|徒手療法は何を見直すべきか
今回紹介した研究群を総合すると、カルテンボーン・ノルディックシステムの中核概念である凹凸ルールを臨床判断の根拠として支持する十分なエビデンスは確認できません。
肩関節の3次元運動解析では、実際の関節運動は凹凸ルールが想定する単純な転がり・滑りでは説明できず、回旋や並進を伴う複雑な運動であることが示されています。
またシステマティックレビューでは、凹凸ルールが予測する滑走方向を支持する一貫したエビデンスは確認されず、さらに凍結肩研究では理論とは逆方向のモビライゼーションの方が大きな可動域改善を示しました。
加えて、治療方向決定の前提となる関節の遊びやエンドフィール評価についても十分な再現性は示されていません。
つまり現在のエビデンスから見ると、凹凸ルールは実際の関節運動を正確に予測する法則としても、最適なモビライゼーション方向を決定する指標としても妥当性が確認されているとは言い難い状況です。
むしろ近年の研究は、関節運動や疼痛が関節面形状よりも神経筋制御や感覚運動システムの影響を強く受けることを示しています。
そのため「関節の滑りが悪いから痛い」、「正しい方向へ滑らせれば改善する」という凹凸ルール中心の説明は、現代の疼痛科学や運動制御の研究とは大きく乖離しつつあると言えるでしょう。
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