海馬とは何か|慢性疼痛と記憶の文脈化から紐解く

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海馬とは何か|エピソード記憶の形成と空間認知を担う大脳辺縁系の解剖生理学

海馬は、大脳辺縁系の一部として側頭葉の内側に位置する一対の細長い組織であり、主にエピソード記憶の形成や空間認知、空間記憶に関わる重要な領域として知られています。

組織学的には歯状回、海馬固有野、海馬台などの領域で構成され、外界から入力された情報の一時的な保持や、大脳皮質を中心とするネットワークとの連携による長期記憶の固定化に関与しています。

時間的な経過や周囲の環境情報と結びつけることで、経験した出来事を特定の文脈(どのような状況で起こったか)として整理する機能において中心的な役割を果たしています。

また、非常に高い神経可塑性を持つ領域であり、動物研究では成体になっても神経細胞の新生が生じることが確認されているほか、ヒトでも生じる可能性についての議論が現代神経科学において続けられています。

海馬の脳内ネットワークにおける役割|慢性疼痛におけるエピソード記憶の機能変化

海馬は、デフォルトモードネットワークと密接に連携する記憶関連構造であり、前頭前野や扁桃体と緊密な情報伝達を行うことで、過去の経験に基づいた予測の構築に関与しています。

持続的な侵害入力に伴い、内側前頭前野と海馬との間の相互作用に変化が生じることや、慢性的ストレスに随伴する構造変化、神経可塑性変化が示唆されています。

これにより、一部の慢性疼痛状態ではデフォルトモードネットワーク周辺の機能変化を招き、過去の不快な記憶と現在の身体感覚とを過剰に結びつけてしまう可能性が示唆されています。

一部の予測処理モデルの観点からは、海馬に関連するネットワークの機能変化は、予測と実際の信号との間に生じる予測エラーの確信度を不適切に高める要因になると考えられています。

ここでいう確信度とは、脳が予測と実際のズレをどれほど重要と判断するかという指標を意味します。

このエラーによって不適切な判定が下されることが、現在の感覚情報を過去の痛みの文脈として過剰に解釈させ、身体の反応として慢性的な疼痛体験を維持する一因となり得ると解釈されています。

慢性疼痛時における海馬の変化と画像研究の限界

機能画像研究から得られた客観的な知見を紹介します。

この論文では、近年の脳機能イメージングの発展に基づき、慢性痛が急性痛のような一時的な「疼痛ネットワーク」の活性化ではなく、大脳新皮質の大規模な再編成を引き起こしていることを示しています。

急性痛が体性感覚野や島皮質を活動させるのに対し、持続する慢性痛や異常疼痛は、前頭前皮質や大脳辺縁系を優位に活性化させます。

特に大脳辺縁系の一部である「海馬」は、情動処理や恐怖、痛みの持続に伴う強烈な記憶の形成や連合学習において重要な役割を担っています。

この論文では、絶え間なく続く痛み刺激が海馬を含む辺縁系構造に強い負荷をかけ、神経回路の結びつきを書き換えることで、痛みに伴う苦悩や対処戦略を脳内に定着させてしまうと説明しています。

さらに、局所的な灰白質密度の低下だけでなく、脳全体の灰白質と白質の相互関係まで変化していることを明らかにしています。

The Brain in Chronic Pain: Clinical Implications.
Baliki MN, Apkarian AV.

この論文では、マウスの神経障害性疼痛モデルを用いた動物実験と、人間の慢性痛患者様の脳容積測定を組み合わせ、慢性痛が海馬に与える影響を検証しています。

実験の結果、慢性痛を持つマウスは過去の恐怖記憶を書き換える消去学習が困難になり、不安行動が増加しました。このとき海馬内では、消去学習に不可欠なキナーゼ(ERK)の発現低下、神経新生の減少、短期的なシナプス可塑性の異常が同時に起きていました。

さらに人間の検証では、健常者と比較して慢性腰痛や複合性局所疼痛症候群(CRPS)の患者様において、左右両側の海馬容積が有意に減少していることが明らかになりました。

一方で、変形性関節症の患者様にはこの減少が認められなかったことから、神経障害性の要素を持つ慢性痛ほど、海馬の構造的変化を誘発しやすい傾向が示されています。

これらの結果は、絶え間なく続く痛み刺激そのものが海馬の神経新生や可塑性を阻害し、脳の構造的な萎縮をもたらす直接的な要因となり得ることを示唆しています。

慢性痛患者様に見られる学習能力の低下や不安などの情動・認知面の失調は、こうした海馬固有の機能変調を神経解剖学的基盤として生じていると考えられます。

Abnormalities in Hippocampal Functioning with Persistent Pain.
A. A. Mutso

結論|慢性疼痛における海馬の臨床的な位置づけと末梢神経へのアプローチ

海馬周辺の客観的な画像変化は、それ単体で痛みの主因を断定する根拠にはなりません。

慢性疼痛時における海馬関連ネットワークの機能異常は、感覚情報の誤った文脈化や、過去の記憶に基づく過度な警戒状態を反映している可能性があります。

アプローチにおいて侵害性の低い感覚入力を提供し、脳の脅威予測の偏りを減らすことは、海馬を含む回路の機能変化を穏やかにするために重要と考えられています。

過剰な侵害入力負荷を軽減する介入は、過去の記憶に引きずられる評価パターンを緩和し、予測システムを適切な状態へ更新するために有用となる可能性があります。

▶︎ 脳部位と慢性疼痛を吟味する

 


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