EBMとSBMの違いをどう捉えるか
現代医療では「エビデンス(根拠・証拠)」という言葉が頻繁に使われます。
Evidence-Based Medicine(EBM:エビデンスに基づく医療)は、臨床医学の中心的な考え方として広く定着してきました。
一方で近年は、臨床試験の結果だけでは医療の科学性を十分に評価できないという指摘もあります。
その議論の中で重要になるのが、Science-Based Medicine(SBM:科学に基づく医療)です。ここでいう科学とは、観察、検証、再現性にもとづいて仮説を評価する考え方です。
医学は、生物学や生理学、薬理学などの基礎科学を臨床に応用する学問です。そのため医療を評価するときには、臨床研究の結果だけでなく、その理論が基礎科学と整合しているかも問う必要があります。
つまり医療で問うべきなのは、「エビデンスがあるか」だけではありません。
「その理論は科学的に成立するのか」という視点も同時に必要です。
Science-Based Medicineとは何か
Science-Based Medicine(SBM)は、臨床研究の結果だけでなく、仮説そのものの科学的妥当性を重視する考え方です。
ここでいう科学的妥当性とは、その理論が生理学、解剖学、神経科学などの既存知識と矛盾せず、基礎研究や関連研究とも整合しているかということです。
SBMでは、「効いたという研究があるか」だけでなく、「そもそもその介入は科学として成立する説明を持つか」が問われます。
結果だけでなく、理論の土台まで評価する点がSBMの特徴です。
Evidence-Based Medicineとは何か
Evidence-Based Medicine(EBM)は、臨床研究の結果を重視して医療判断を行う考え方です。
特にランダム化比較試験(RCT)、システマティックレビュー、メタアナリシスなどは、EBMの中核をなす情報源として位置づけられています。
この枠組みは、経験や権威だけに依存しない医療を広める上で大きな役割を果たしてきました。
ただし、EBMが主として評価するのは「臨床研究でどのような結果が出たか」であり、理論そのものの妥当性を直接保証するものではありません。
そのため、研究結果が存在することと、その理論仮説の科学性が高いことは同義ではありません。
EBMの限界が議論される理由
EBMは医療の発展に大きく貢献してきましたが、それだけで十分とは言い切れません。
なぜなら、臨床試験の結果は研究デザイン、対象集団、比較条件、評価項目、統計処理など多くの条件に左右されるからです。
さらに、ある介入で有意差が示されたとしても、それが理論仮説の正しさそのものを証明するわけではありません。
この点は、EBMそのものの内部からも指摘されてきました。
「SBMは、ヘルスケアについて語るときに、基礎科学をもっと真剣に考えることを提案している。」Evidence-based medicine — Gordon Guyatt, ACP Journal Club. 1991; 114: A16.
EBMは臨床研究を体系化するために極めて重要ですが、臨床試験の結果だけでは介入の理論やメカニズムまで十分に評価できないことがあります。
だからこそ、研究結果を読む前提として、そもそも何を仮説として置いているのかを確認する必要があります。
事前確率ともっともらしさを無視できない
医療の主張を評価するときには、研究結果だけでなく、その仮説がどれくらいもっともらしいかも重要です。
既存の生理学や基礎科学と大きく矛盾する仮説は、事前確率が低いと考えられます。
このような仮説では、小規模研究や質の高くない結果が出ても、それだけで強い支持とはみなせません。
反対に、基礎科学と整合する仮説では、研究結果をより自然に解釈しやすくなります。
つまり、研究結果は常に「どのくらいあり得る仮説なのか」とあわせて読む必要があります。
徒手療法の研究を例にEBMとSBMの違いを考える
たとえば、「慢性疼痛の主な原因は筋肉そのものであり、強く揉むことで筋肉が直接変化し、その結果として痛みが減る」という仮説を立てたとします。
そして、その仮説にもとづく研究で一定の改善が示されたとします。
この場合、その研究結果は“エビデンス”にはなります。
しかし、慢性疼痛を筋肉だけで単純に説明し、痛みの変化を局所組織の変化だけで理解しようとするなら、その仮説は現在の疼痛科学、神経科学、生理学との整合性が十分とは言えません。
つまり、「研究結果があること」と「その理論が科学に基づいていること」は別です。
徒手療法による変化には、期待、注意、文脈、安心感、下行性疼痛調節、末梢神経の状態と入力など、複数の要素が関与している可能性があります。
そのため、単純な局所組織モデルだけで研究結果を説明し切ろうとすると、EBMの形式は満たしていても、SBMの観点では不十分ということが起こります。
出版バイアスはエビデンスの見え方を変える
EBMを考える上で避けて通れないのが、出版バイアスの問題です。
臨床研究の世界では、統計学的に有意な結果が出た研究の方が出版されやすく、有意差の出なかった研究は表に出にくい傾向があります。
すると、私たちが目にする「エビデンス」は、実際の研究全体ではなく、選別された一部である可能性があります。
その結果、治療効果が実際より大きく見えることがあります。
「エビデンスに基づいた医療(EBM)は臨床診療の基礎である。しかし、それが基づいているエビデンスの質に依存している。
残念ながら、すべてのランダム化比較試験の半分が公開されたことはなく、統計学的に有意な結果が得られた試験は、そうでないものよりも公開される可能性が高くなる。」
The cumulative effect of reporting and citation biases on the apparent efficacy of treatments: the case of depression
この問題は、エビデンスがあるように見えても、その全体像が歪んでいる可能性を示しています。
したがって、論文の数やレビューの有無だけで結論を急がず、どの研究が見えていて、どの研究が見えていないのかまで考える必要があります。
SBMはEBMを否定するのではなく補完する
SBMは、EBMを否定するための概念ではありません。
むしろ、臨床研究を重視するEBMに対して、理論の科学性や基礎科学との整合性という視点を加える補完的な考え方として理解できます。
臨床研究は重要ですが、その結果をどう解釈するかには理論背景が欠かせません。
この点についても、SBMの立場から明確な指摘があります。
「有効であるという証拠がないことは、有効ではないという証拠にはならない。EBM自体は不完全なため、EBMはSBMの一部分である。」Yes, Jacqueline: EBM ought to be Synonymous with SBM — Kimball Atwood, February 5, 2010.
重要なのは、EBMかSBMかを対立的に捉えることではありません。
臨床研究の結果と、理論の科学的妥当性の両方を見ながら判断することです。
結論|医療はエビデンスだけでなく科学的妥当性で評価する
EBMは、臨床研究を体系化し、医療の質を高める上で大きな役割を果たしてきました。
しかし、臨床試験の結果だけでは、その治療や理論の科学性を十分に評価できない場面があります。
本質的に問うべきなのは、「エビデンスがあるか」だけではありません。
「その理論仮説は科学的に成立するのか」「既存の基礎科学や生理学と整合しているのか」「既知の生物学的原理と矛盾していないのか」という視点が必要です。
医療をより深く理解するためには、エビデンス、基礎科学、生理学、生物学的妥当性、既存研究との整合性を統合して評価する姿勢が欠かせません。
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