循環論法とは何か
循環論法とは、証明したい結論を、形を変えて前提に戻してしまう論法です。
説明しているように見えても、実際には同じ内容を言い換えているだけで、独立した根拠が増えていません。
つまり、「なぜそう言えるのか」と問い直したときに、結局は最初の結論に戻ってしまう状態です。
クリティカルシンキングの文脈では、典型的な推論の誤りとして扱われます。
徒手療法の臨床では、触診、症状の再現、術者の手応え、患者様の反応、施術後の変化が、同じ理論の内側で解釈されやすいため、この誤りが起こりやすくなります。
押して痛いからそこが原因と考えるのは循環論法になりうる
たとえば、「この部位が痛みの原因と考えられる組織です。なぜなら、押すと痛いからです」という説明があります。
一見すると自然ですが、押して痛いという事実から言えるのは、その刺激に対してその部位が反応したということまでです。
それだけで、今ある痛みの主な原因と考えられる組織だとは言えません。
ここで「なぜその部位が原因と考えられるのですか」と問い直したときに、「押して痛いからです」に戻るなら、結論と前提はほぼ同じです。
これは、触診所見を独立した根拠として使うのではなく、最初から想定していた説明モデルの確認材料として使っている状態です。
長年使われている検査だから正しいとは言えない
もう一つの典型例は、「この検査は正しい。なぜなら、ベテランが長年使っているからです」という説明です。
たしかに長く使われていることには重みがありますが、それ自体は妥当性の証明ではありません。
では、なぜ長年使われているのかと問い直したときに、「正しい検査だからです」と返ってくるなら、ここでも同じ構造が起きています。
普及には、歴史、教育、権威、慣習、再現しやすさ、教えやすさなど、さまざまな要因が含まれます。
そのため、使用歴の長さと検査精度は切り分けて考える必要があります。
症状の再現や施術後の変化は理論の証明ではない
徒手療法では、症状の再現や施術後の変化が大きな意味を持ちます。
ただし、それらは重要な臨床所見ではあっても、理論そのものを証明するものではありません。
症状の再現には、組織の感受性、末梢神経の状態と入力、中枢神経の感覚処理、予測、注意、警戒、文脈など、複数の要因が関わります。
また、施術後の変化にも、安心感、期待、接触そのもの、運動の再学習、文脈効果、自然経過など、別の説明が残ります。
それにもかかわらず、「再現したからこの理論は正しい」「改善したからこの理論は正しい」と結ぶと、結果がそのまま理論の自己証明に使われます。
結論
循環論法とは、証明したい結論を前提に戻してしまう推論の誤りです。
徒手療法では、触診、症状の再現、施術後の変化、経験則、慣習が、この構造に入り込みやすくなります。
だからこそ、もっともらしい説明に安心するのではなく、その説明を支える独立した根拠があるかを問い続ける必要があります。
必要なのは、理論を信じ切ることでも、すぐに否定することでもありません。
所見が別の評価者でも得られるのか、その解釈が他の説明より妥当なのか、否定的な所見が出たときに理論が修正されるのかを考えることです。
クリティカルシンキングは、理論と経験を切り分け、患者様に対してより妥当な説明と介入を目指すための視点です。
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