慢性疼痛と脳研究
慢性疼痛は、単なる組織損傷だけでは説明できないことがあります。
画像検査で大きな異常が見つからなくても痛みが長く続くことがあり、近年は脳の構造変化との関連が注目されています。
その代表の一つが、脳の灰白質の変化です。
灰白質とは、中枢神経系において神経細胞体が多く集まる領域を指します。
慢性疼痛では、この灰白質の体積変化が報告されてきました。
慢性疼痛では灰白質変化が報告されている
慢性腰痛では、前頭前野や視床を含む領域で灰白質の減少が報告されています。
この研究では、慢性腰痛患者の大脳新皮質灰白質体積が対照群より約5〜11%少なく、その減少量は通常の加齢で約10〜20年かけて失われる体積に相当するとされました。
さらに、痛みの持続期間が長いほど灰白質の減少量が大きく、1年ごとに約1.3cm³の減少が示唆されています。
一方で、人工関節手術後に痛みが消失した症例では、ほぼ同じ領域で灰白質の増加が認められました。
この結果からは、慢性疼痛に伴う脳変化は固定された損傷というより、変化しうる可塑的な現象として理解すべきことが分かります。
また、背外側前頭前野の変化は、痛みから注意をそらす働きや認知機能とも関係している可能性があります。
「慢性腰痛患者は、対照群と比較して、大脳新皮質の灰白質の体積が5~11%減少していた。この減少量は、通常の加齢における10~20年で失われる灰白質体積に相当する。」
「体積の減少は痛みの持続期間と関連しており、慢性痛の1年ごとに灰白質が1.3㎤減少していることが示唆された。」
「人工関節手術から回復して痛みが消えた際には、ほぼ同じ領域で灰白質の増加が認められた。」
Chronic Back Pain Is Associated with Decreased Prefrontal and Thalamic Gray Matter Density.
Apkarian, et al. 2004.
脳変化は神経可塑性として理解できる
慢性疼痛では、長期間にわたる侵害受容信号、注意の偏り、行動制限、情動反応などが重なり、神経回路の活動パターンが変化する可能性があります。
その結果として、脳の構造や機能の変化が観察されると考えられます。
別の研究では、慢性疼痛でみられる脳の構造変化は、神経細胞死や不可逆的な萎縮をそのまま意味するものではなく、神経可塑性による変化として理解する必要があると述べられています。
つまり、灰白質の減少をそのまま壊れた脳と読むのではなく、持続する入力や生活背景に伴う適応的、あるいは不適応的な再構成として捉える視点が重要です。
「神経可塑性による脳の変化は、数年間にわたる持続的な侵害受容入力の結果として進んだ可能性があり、完全に元に戻るにはさらに時間が必要である。」
Structural Brain Changes in Chronic Pain Reflect Probably Neither Damage Nor Atrophy.
May, et al. 2013.
内側前頭前野は慢性疼痛とストレス反応の接点である
慢性疼痛で注目されている脳領域の一つが内側前頭前野です。
この領域は感情処理、ストレス反応、痛みの認知的調節に関わるため、慢性疼痛を理解するうえで重要です。
この論文では、内側前頭前野の灰白質体積減少は、慢性疼痛だけでなく、大うつ病や不安障害でも認められること、さらに最近あるいは累積したストレスフルな出来事とも関連する可能性が示されています。
また、HPA軸の機能不全、グルタミン酸やGABAの調節不全、免疫メディエーターの変化などが、樹状突起の再構築や血流変化を通して、この領域の変化に関与する可能性が議論されています。
重要なのは、現在の研究では、これを神経変性による不可逆的な脳萎縮として支持する証拠は十分ではないという点です。
この結果からは、慢性疼痛を感覚入力だけでなく、情動、内分泌、ストレス応答を含む統合的な現象として理解する必要があると分かります。
「内側前頭前野の機能不全は、下行性疼痛抑制信号を減少させる一方で、上行性の侵害受容入力が相対的に増加する。」
「その結果、持続的な痛みが増加し、上行性の疼痛信号へ適応的に反応する能力が制限されると考えられている。」
What does the gray matter decrease in the medial prefrontal cortex reflect in people with chronic pain?
Smallwood, et al. 2019.
下行性疼痛抑制系の変化も慢性疼痛に関与する
慢性疼痛では、末梢からの侵害受容信号だけでなく、それを脳と脊髄がどう調節しているかが重要です。
脳から脊髄へ向かう抑制系が十分に働かない場合、同じ入力でも痛みとして経験される強さや持続が変わる可能性があります。
内側前頭前野の変化がこの調節系に関わるなら、慢性疼痛は末梢入力だけでなく、中枢の調節異常としても理解できます。
DNICは強い刺激の一時的効果を理解する鍵である
強い刺激のあとに一時的に楽になることがありますが、それは組織が改善したことを意味するとは限りません。
この現象は、広汎性侵害抑制調節であるDNICによって説明できる場合があります。
DNICは、ある部位の強い侵害刺激によって別の部位の痛みが一時的に抑制される神経現象です。
そのため、強い刺激の直後に変化が出ても、それをそのまま長期的改善と解釈するのは適切ではありません。
徒手療法は侵害受容入力の観点から再検討する必要がある
ここまでの研究を踏まえると、慢性疼痛に対する身体介入は、どれだけ強い変化を出せるかではなく、神経系にどのような入力を与えているかという視点で考える必要があります。
持続する侵害受容入力やストレス関連の神経変化が脳機能や脳構造の変化と関係するなら、臨床で加える刺激の質は軽視できません。
強い圧迫、痛みを伴う揉みほぐし、過剰な刺激は、一時的な変化を生んでも、神経系にとっては負担となる可能性があります。
一方で、痛みを伴わない穏やかな徒手療法は、侵害受容入力を増やさずに、末梢神経の状態と入力に働きかけるという視点で理解できます。
結論
慢性疼痛では、灰白質の体積変化、神経可塑性、前頭前野の機能変化、ストレス反応、下行性疼痛抑制系の変化など、複数の神経科学的要因が関与している可能性があります。
近年の研究は、慢性疼痛が単純な組織損傷の問題ではなく、末梢神経の状態と入力、脳の情報処理、情動、内分泌反応が統合された結果として生じる現象であることを示しています。
また、脳で観察される変化は固定された損傷ではなく、可塑的に変化しうる現象として理解することが重要です。
慢性疼痛を理解するためには、身体の構造だけでなく、神経系と脳機能の変化を含めた視点が必要です。

