鍼の鎮痛機序としての軸索反射は妥当ではない
鍼の機序としては、軸索反射、神経原性炎症、血流改善、炎症物質の洗い流し、肥満細胞の反応、自律神経のバランス改善などがよく語られます。
しかし、これらの多くは局所で何らかの反応が起きたことを示しているにすぎません。
重要なのは、その反応が慢性疼痛の患者様に対して有効な鎮痛機序の理論であると示されていない点です。
とくに慢性疼痛では、末梢性感作によって侵害受容性自由神経終末の反応性が高まり、中枢性感作によって入力処理も変化していることがあります。
そのため、局所反応が起きたこと自体を肯定的に解釈するのはリスクを伴います。
本稿では、鍼の説明としてよく使われる軸索反射と神経原性炎症を主軸に、補足的にDNIC・CPMとDNFCにも触れながら、その科学的な妥当性を吟味します。
軸索反射と神経原性炎症は別の概念である
軸索反射とは、侵害受容性自由神経終末が刺激されたとき、その興奮が同じ一次求心性線維の側枝へ広がり、神経終末からCGRPやサブスタンスPなどが放出される仕組みを指します。
一方、神経原性炎症とは、その結果として局所に生じる発赤、熱感、浮腫などの反応を指します。
つまり、鍼をこの流れで説明するなら、侵害受容性自由神経終末への刺激があり、軸索反射を介した神経ペプチド放出が起こり、その結果として神経原性炎症に近い局所反応が生じると考える方が自然です。
神経原性炎症を鎮痛機序として位置づけるのは難しい
軸索反射が起きるということは、自由神経終末が刺激され、CGRPやサブスタンスPなどの放出が起きることを意味します。
このときCGRPは血管拡張に、サブスタンスPは血管透過性の変化や侵害受容入力の増強に関わります。
少なくとも、末梢神経終末の興奮や局所の感作の増加という視点からみれば、鎮痛にとって有利な説明にはなりません。
血流改善や炎症物質の洗い流しという説明には飛躍がある
鍼のあとに血管が拡張し、炎症物質が洗い流されると説明されることがあります。
しかし、血管拡張やフレアを、そのまま洗い流しとして肯定的に見るのは難しく、神経科学的には侵害受容性自由神経終末への刺激と局所反応の増加、つまり悪化として考える方が自然です。
肥満細胞の反応を有利な機序として説明するのも難しい
肥満細胞の活性化やヒスタミン放出が鍼の機序として語られることがありますが、それも慢性疼痛の患者様にとって望ましい方向とは限りません。
肥満細胞、ヒスタミン、サブスタンスPは、条件によっては侵害受容入力や過敏性を強める方向に働くからです。
少なくとも慢性疼痛の説明としては、これを前向きな機序として採用するのは難しいです。
自律神経のバランス改善という言葉は曖昧である
自律神経のバランス改善という言葉も、そのままでは説明として曖昧です。
この表現は便利ですが、実際には何がどう変わるのかが不明確なまま肯定的に使われがちです。
鍼は侵襲性の高い入力であり、少なくとも刺激直後には交感神経系の反応をまず考える方が自然です。
その後の変化は、刺激量、部位、文脈、予測、認識などの中枢の状態によって変わります。
短期的な軽減感はDNIC・CPMの方が説明しやすい
短期的な痛みの軽減を説明するなら、血流改善や神経原性炎症よりも、侵害刺激による内因性疼痛抑制の方が筋が通ります。
動物ではDNIC、人ではCPMと呼ばれる現象は、とある侵害刺激が別の部位の痛みを抑える反応として知られています。
鍼刺激も侵害受容性の求心性入力を伴うため、短期的な変化があるなら、まずDNIC・CPMの反応を疑う方が自然です。
ただし、これも局所修復や抗炎症を示す説明ではなく、侵害刺激に対する中枢での抑制系反応として考えるべきです。
慢性疼痛ではDNFCまで含めて考える必要がある
慢性疼痛では、DNIC・CPMのような抑制系だけを考えると不十分です。
実際には、抑制系の低下に加えて、DNFCのような下行性促疼痛系によって痛みが増幅される可能性も考える必要があります。
このため、慢性疼痛における鍼の説明では、DNICだけでなくDNFCまで含めて考えないと不十分です。
慢性疼痛では不利に働く可能性がある
慢性疼痛の患者様では、末梢性感作によって侵害受容性自由神経終末の閾値が低下し、中枢性感作によって入力の処理も変化していることがあります。
この状態で鍼という侵襲性の高い入力を加えれば、軸索反射、神経ペプチド放出、局所の血管反応、侵害受容入力の増加が起こる可能性があります。
その場の軽減があっても、翌日以降に熱感、拍動感、接触過敏、だるさ、痛みの再燃が出るなら、それを好転反応として片づけるべきではありません。
神経科学的には、短期的に楽だったことと、神経系にとって負担の少ない介入だったことは同義ではありません。
結論
鍼の機序として語られる軸索反射、神経原性炎症、血流改善、炎症物質の洗い流し、肥満細胞の反応、自律神経のバランス改善は、慢性疼痛の鎮痛機序としては採用しにくい説明です。
科学的な視点でみるなら、鍼は侵害受容性自由神経終末を刺激し、軸索反射と神経ペプチド放出を介して神経原性炎症という反応を起こす、侵害刺激を与える入力と考える方が自然です。
さらに補足的にはDNIC・CPMによる短期的な抑制は考えられますが、慢性疼痛ではDNFCの鎮痛促進の関与まで考える必要があります。
したがって、少なくとも慢性疼痛の患者様における鍼の軸索反射や神経原性炎症という説明は、鎮痛機序というより、悪化リスクを含む機序として理解した方が妥当かと思われます
関連コラム|クリティカルシンキングの理解を深める

